小説 川崎サイト

 

赤間きつね坂の怪 3−1


「どうですか、博士。ここがきつね坂です。問題はここからですので、用心して下さいね」
 担当編集者が妖怪博士を連れて来た場所が通称きつね坂。そんな名の坂ではなく、また坂の名さえないのだが、海に面した港町、平らな箇所は海岸線の一部。こういうのは江戸時代など、埋め立てたりするのだが、そこは港。それなりの深さがあり、一藩だけでは決められない、色々と入り組んだ利権とがあるのだろう。
 それに埋め立てて農地にしてもしれているし、港で栄えているので、その必要もない。
 今はもう寂れてしまった。
 その狭い海岸線沿いから既に坂があり、山肌を段々畑のように削り、民家が建っている。下の方は一寸した町家。それに色々な施設があった。芝居小屋もあったらしい。
 上に行くほど普通の家が並んでいるのだが、二階屋などは坂の途中からいきなり二階に入れたりする。これだけでも、何かだまし絵を見ているような感じで、きつね坂から先の坂沿いは特にそれが多い。
 遠近法が違うのではないかと思えるほど、家の立ち方が歪。中には三階建ての家や傾斜したままの長屋もある。
 そして坂道だが階段。神社の石階段よりもなだからな箇所もあれば、行き止まりとなる枝の先のような坂の階段は勾配がきつく、足場も狭い。
 それらの石の階段が曲がりくねりながら、不規則に続いている。
 階段のすぐ横はむき出しの庭などがあり、それと分かるので、流石に入り込む人はいないし、上へ行くほど、住んでいる人しか通らないので、店屋の人が来る程度だろうか。
 立派な黒塀で囲んだ家もあれば、荒れ放題の庭木が好きなように手を伸ばしている庭もある。当然、その中には空き家になっているもの、あるいは人は住んでいるが、荒れるに任せてている不精者の家もある。
 この階段迷路は高さがあるため、立体迷路のように、一度入り込むと迷いやすい。ただし、下へ行けば何とか出られるが、その下への道がすぐに切れて、横へ回り込み、下まで続いている階段がなかったりする。
 それらは元々の地形を強引に削り取らなかったためだろう。
「ここがきつね坂というのか」
「そうです。迷い込むだけではなく、妖怪も出ますし、あるはずのない階段が延びていたりするらしいのです」
「どんな妖怪かな」
「物売りが多いようです」
「物売り」
「麦茶にはったい粉とか」
「じゃ、そのままじゃないか。それは妖怪ではなく、本物じゃろ」
「そうですねえ。でも、そういうのを一点か二点、配したくなる場所でしょ」
「そうだなあ。しかし、宅配便は大変だろう」
「車道がありませんからねえ」
 二人はきつね坂の先を上っているのだが、特に変化はない。似たような家や階段が続き、先ほども見たような塀や門。また二階屋の物干しの洗濯物も、同じものがあったような気がする。もしそうなら、同じ場所をぐるぐると回っていることになるのだが。
「久しぶりの地方の町での取材ですよ」
「もう少し涼しくなってからがよかったのだがな。まだ蝉が元気よく鳴いておる」
「この先で行き止まりのようです。あとは普通の山になるはずです」
「しかし、ここも山ではないか」
「そうですねえ」
「海もよく見える」
「いいところですが、上り下りがきついですし、階段では自転車は無理。バイクも入れない。不便なところですよ」
「じゃが、これだけ家が建っているのだから、昔はそれでよかったのだろう」
「さて、妖怪ですが」
「おらんおらん」
「きつね坂で騙されるとかは」
「人の気配が濃い」
「すぐ横が家ですからねえ」
「あらぬところから声が聞こえてきたりする」
「茶の間からの声とか」
「ここは観光名所にはなっておらぬのか」
「ここに限らず、こういう海沿いの坂の町って、結構あるようですよ」
「知られておらぬだけか」
「坂路地ファンなら別ですがね」
 そのファンから編集者は情報を得て、きつね坂へ取材に来ているのだが、妖怪博士は妖怪を探す気はないようだ。
 また、迷い坂のはずだが、きつね坂の先は、それほど入り組んではいないため、迷うことはなかった。
「ここは魚がうまいようですよ。漁師が食べている魚ですがね。売っていないそうです。下の旅館で、それが出るとか」
 担当編集者も、怪異談はもうどうでもいいようだ。
「夕暮れがいい感じらしいのですがね。この坂階段。少し早いようですが、戻りますか。汗をかいたので、風呂に入りたいです」
「それで、いいのだな」
「何がです」
「だから、きつね坂の怪談のようなのがいるだろう」
「階段は階段ですよ」
「そうじゃなあ。君がそう言うのなら、戻るか」
「記事は適当に書いて下さい。バーチャル迷路とバーチャル妖怪で、いいです」
 二人は、それで階段を下りだしたのだが、怪異はこのあとに起こる。
 
   つづく



2022年8月11日

 

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