小説 川崎サイト

 

赤間きつね坂の怪 3−2


 港へ戻ろうと二人はきつね坂に差し掛かった。この坂が迷路の入口だったが、無事に迷わず、入口であるきつね坂まで戻れた。
 このあたりは全てが坂であり、石階段が続いているのだが、このきつね坂から上がると、迷い道になるらしい。
 何処までも何処までも階段道が続いており、さらに枝分かれし、まるで迷路。ただ、妖怪博士も担当編集者もそんなことがあるとは思っていないので、そんなことにはならなかった。
 きつね坂は海から山の中腹近くまで家が建ち並んでいるのだが、その中間あたりの場所。ちょうどここで息が切れるような場所。
 ただ、戻りは下りなので、楽だろう。
「狐の嫁入りか」
 妖怪博士は空を見る。海が暗い。まだ夕方前。当然、空も暗い。その暗さがきつね坂の真上にまで達してきた。
「これは降りますね。博士」
「傘は」
「ありません。そのへんの軒下で雨宿り出来ますので、問題はないでしょ」
 ひと雨、来た。
「まさに狐の嫁入りかもしれんが」
 降っているのに、空が明るくなってきた。さっきまで暗かったのに。
「降っているときは明るい。妙じゃなあ」
 通り雨らしく、すぐにやんだ。
「まさに狐の嫁入り」
「そうですねえ」
「しかし、あれはなんだ。出来すぎじゃないのか」
 編集者も、それを見ている。
「こりゃ、本物の狐の嫁入りか」
 きつね坂を大勢のきつねが行列になって上がってくる。体はきつねではない。男性は羽織袴、女性は晴れ着。しかし年齢が似ている。どのきつねも若い。顔は分からないが。体つきや動きで分かる。全員きつねの面を被っている。二十人ほどいるだろうか。
 これだけでももう十分きつね坂の怪だろう。しかし、どう見ても人間。
「どうも歓迎されているのかもしれんなあ」
「ここを教えてくれた人ですか」
「そういうグループがあるのだろう。私達を驚かそうとな」
 しかし、狐の嫁入り行列は素知らぬ顔で、二人の横を通り過ぎた。愛想も何もない。また面を被っているので、表情が分からないが、二人を見ているような仕草はなかった。つまり真正面を向いたまま移動しているだけ。
 そして嫁入り行列ではないことも分かった。花嫁らしきメインがいないのだ。
 これは先ほどの俄雨で狐の嫁入りというイメージが残っていたためだろう。
 行列は、さらに上の階段へと向かい、その先で曲がり込み、姿を消した。
「何だろう」
「誰かが仕込んだものでしょ。しかし、博士が来るのを知っているのは、投稿者だけですよ」
「そのグループかもしれんが、動員数が多いし、規模も大きい。あれだけの衣装を揃えるだけでも大変だろう。だから別の団体のアトラクションのようなものではないのかな。きつね坂を売り出すため、定期的にきつねの行列をやっておるのかもしれん。決まった時間にな」
「しかし、観光客は二人だけでも、やるんですかね」
「だから、決まった時間にやるんだ。客がいようがいまいが」
「しかし、驚きました。でも、これ、記事になりますねえ」
「そうじゃなあ、バーチャルじゃない。二人とも見ておること。リアルじゃ」
「はい」
 二人はきつね坂を下りかけたとき、人の気配を感じた。狭いところにびっしりと家が建ち並んでいるので、人の気配や物音や、声などがたまに聞こえるのだが、気配ではなく、視線だ。
 そういえば二人とも、町の人の姿を一人も見ていない。
 しかし、人の視線を感じ、編集者は、そちらを見ると、二階のガラス戸に人影が見える。
 隣の家の庭にも人が立っている。
 また板塀の上から顔が覗いている。
 前方を子供が走り抜ける。
 路地の隙間から顔だけが出ている。いずれも先ほどと同じきつねの面を全員被っている。
 規模が大きすぎる。
 だから、この町、リアルな町とは違うのだろう。これぞまさしくきつねの迷路。迷い町そのものではないか。こんな町など存在しないのだ。
 戻る最中、二人とも、違う階段を下っていたことになるのか。
「こういう填まり方があるのか。私は初めてだが、似たようなことは以前にもあった。心配するでない。すぐに抜け出せるのでな」
「大丈夫ですか博士。これ、やばいですよ。町ぐるみ、僕たちをからかうにしては、この規模は無理な規模です」
「だから、ここは有り得ぬ世界。港まで出れば、もう消えているはず」
「そう願いたいところです」
 
   つづく




2022年8月12日

 

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