小説 川崎サイト

 

消えた階段

川崎ゆきお



 いつもとは違う階段がそこにあると興味深い。
 階段を作り直したのではない。
 ないはずの階段が出現しているのだ。
 この場合、上へ上がると違う空間に出る可能性が高い。異界への入り口なのだ。
 それとは逆に、あるはずの階段が消えている場合はどうだろう。
 これは階段が傷んだため閉鎖しているのかもしれない。
 階段があった場所に壁ができている場合、階段そのものを隠したことになる。もうその階段を使う気はないのだ。
 これを封鎖という。
「封印されたんだ」
 たまにこのビルに来る高橋が呟く。
 その階段は正面玄関から一番遠い場所にあり、エレベーターもあることから、あまり使用されていなかった。
 上らずの階段と呼ばれている。
 高橋はその階段をよく利用していた。
 二階の奥にある事務所に書類を届ける用事がたまにあったからだ。
 階段は正面玄関にもあるのだが、二階の廊下を奥へ向かって歩きたくなかった。
 顔見知りと出くわす可能性があったためだ。仕事で借りをがあり、それが返す機会がないためだ。これは一種のプレッシャーだ。
「なあに、好意でやったことなんだから、気を使わなくてもいいよ。お互い様なんだから」
 児玉という恰幅のよい男で、高橋より年かさだ。
 奥の階段が消えているので、高橋は玄関まで戻り、階段を上がった。
 案の定廊下で児玉と顔を合わせてしまった。
「やったてだろ」
「何をですか?」
 児玉は奥を指さす。
 階段があった場所は新しい壁で天井まで塞いでいた。
「あの階段はまずかったからね」
「そうですねえ」
「よく転落事故があっただろ」
「噂では聞いていましたが、でも、そこまでするとは」
「三階から上は階段はあるよ」
「ビルのオーナーが、封じたのですか」
「本物の封印だよ」
「そこまでしなくてもよかったのでは」
「君も気づいていただろ」
「はい、多少は」
「言いふらさんでくれよな」
「中はどうなっているんですか?」
「階段部屋になってるよ」
「そのほうが怖いのでは」
「そうなんだ。今度は壁の前が面倒なことになってる」
 児玉が社員に呼ばれたので立ち話は終了した。
 高橋は廊下の奥へ向かった。その壁の手前にあるいつもの部屋へ書類を届けるためだ。
 階段で何が起こったのかは、児玉も話してはくれない。
 
   了


2007年11月03日

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