 |
 |
大賢者
「世の中には計り知れぬことが多くある。そして知っておるつもりでも、実は本当のところは見えておらん。そこで開眼しないと、何事も得られぬ」
「はあ」
「ありふれたものでも奥が深い。そのありふれたものが全体の中でどう位置しているのか、などと考えたことはあるか」
「ない」
「あっさり言うでない」
「はい」
「そこが大事なんじゃ。それを知るのは並大抵ではない。それなりの訓練が必要で、ものの見方を根本的に改めるほどの修行がいる」
「はい、是非、お教えを」
「まず、今まで世間で言われていることが、実際とは違うという事じゃな」
「はあ」
「どうした。ここまでは分かるじゃろう」
「いえ、世間のこともよく分かっていません。そんな奥深いことよりも」
「そう来るか」
「逆らっているわけではありませんが、そんな高度なことではなく、普通のことも、私はよく知らないのです」
「あ、そう」
「お師匠様はどんなことでもよく知っておられます」
「それは通り一遍のことじゃ」
「はい、それが私にはまだ足りないのです。だからその先とか、その奥に潜む真の姿など、もう遠くて遠くて」
「あ、そう」
「普通のことも分かっていないのに、それを逆転させるような見方など、出来るわけがありません。先ずは普通の見え方を知るべきではありませんか」
「まだ早いか」
「はい」
「それは見抜けなんだ。秀才だと聞いていたのだがな」
「いえ、凡才です」
「では、わしの方法など、必要ではないか」
「はい、折角招待されながら、もったいない話なのですが、今、一寸お聞きしただけでも、もう難しくて、何のことを言っているのかとんと分かりませんでした」
「世の人の殆どはそうじゃ」
「あ、はい。でも私はまだ世の人にも及びません」
「分かった、分かった。噂を聞いて、すごい秀才がいると知ったのじゃが、間違いだったのだな」
「はい、私のことではないと思います」
「それは失礼した」
「では、これで」
「うむ」
了
2022年9月12日