小説 川崎サイト

 

赤い夕日切れ


「最近夕焼けを見ましたか」
「その頃、もう家にいるのでね」
「見ましたか?」
「部屋の中からは見えないが、窓が赤くなっているのは見える。これで夕焼けを見たと言えるかどうか。夕焼け空ではないのでな」
「夕焼けを見たいと思いませんか。あの橙色は精神に安堵を与え、幸せな気分になれます」
「窓を見ていても、それは出来るが、やはり空が見えんとなあ」
「じゃ、空が見える夕焼け。つまり夕焼け空を見たのはいつですか」
「冬場なら見ておるが、赤く焼けておらんことが多いなあ」
「冬に見られたのですか。最後は」
「いや、春の終わり頃かな。いや、つい最近も見たよ」
「それはどうしてですか」
「帰りがその日、遅くなってね。夏の日のことだ。日がまだ長い。だから夕焼け前に戻っているんだ。ところが、その日は遅くなったので、見ることが出来たかな。それほど赤くはなかったがな」
「つまり、帰り道で見られるのですね。それで日が長い時期は見られないと。そういうことで、よろしいですね」
「もう秋だから、そのうちまた見ることが出来るだろう」
「じゃ、夕焼けを見るための動きのようなものはないのですね」
「動き?」
「夕焼けを見に行こうという行動です」
「ない」
「見られた方がよろしいですよ。先ほど言っておられた窓が赤い時、外に出てみては如何ですか。天が真っ赤になっているはずですよ」
「それを見て、どうなるんだね。幸せな気持ちになれると先ほど聞いたが、そんなものいっときのものだろう」
「そうですが、気持ちが落ち着きます。大自然と自分とが合体したような」
「そりゃ大変だ。しかし、その頃は好きなことをして部屋で過ごしておる。これだけでも十分幸せだよ。別に赤い夕日を見なくても。そんな助けはいらない」
「夕焼け雲の形を見ていると、これは神秘を感じます」
「感じるのはいいが、仕事からの戻り道ならいいが、外に出て、ぽつんと立って、夕焼けだけを見ているとなると、これは淋しい人だよ」
「それがいいのです。もし立ち尽くすのが嫌なら、歩きながら見られればよろしいかと」
「何で、そう勧める」
「いえ、私は夕焼けを見ていつも感動しています。だからあなたにもその感動をと」
「だから、日が短くなれば、毎日のように戻り道に見ておるから、問題はない。今は見ていないが、夕焼け切れでも起こして調子が悪くなるわけではあるまい」
「ああ、それは」
「あるのかね」
「はい、私は夕焼けを切らすと駄目なんです。禁断症状が」
「じゃ、赤いランプでも買いなさい」
「あ、そうですねえ」
「写真暗室用の電球、あれは赤いよ」
「あ、はい」
 
   了

 



2022年9月20日

 

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