小説 川崎サイト

 

泥棒村


 田袋村の北の山地はそれほど遠くはなく、村人も狩りでたまに立ち入る。小さな川が山際を流れているが、川沿いの道はない。このあたり、山道といっても樵道。
 田袋村の庄助が小袋を持って急ぎ足で川から出てきた。中に砂金が入っている。しかし、ごく僅か。たまに砂金が混ざっているので、すくいに来る村人は多い。近くに金山はない。
 庄助は村に戻ると、雑貨屋に入った。
「吉やんはいるか」と、庄助が聞く。
「用事で出ているが、頼み事なら、戻ってからにしなされや。明日は戻るだろう」
 吉やんと呼ばれる年嵩の青年がいる。村では若者と言われているが、とうが立ちすぎており、野良仕事などはしないで、ぶらぶらしている。
 翌日、雑貨屋を庄助が訪ねると、吉やんはいた。
「これなんだけど」
「砂金か」
「うん」
「分かった、あとで払うから、数日待ってくれや。ついでの用があるから、そのときやるから」
「お願いします」
 村で砂金を買う者などいない。また城下でも、それは目立つ。しかも少量。金が出ると言うことが分かってしまうので、吉やんに頼み、それなりの店で銭に替えて貰う。
 吉やんは御領内とお隣の境目にある峠道の横をしばらく行ったところにある村へ行く。分かりにくい場所だ。
 田畑などはない。樵の村でもないし、山人の里でもない。商家が多い。
 古着屋、道具屋、武器や鎧を売っている店もあるし、飾り物もある。米も売っている。
 泥棒村のようなもので、その中に一際大きな商家があり、立派な倉がいくつも並んでいる。
「吉さんかい」
「これをよろしく」
「少ないねえ。まあ、いいさ」
 吉やんは庄助の小袋を渡す。
「小判がいいか、銭がいいか」
「銭でお願いします」
「分かった」
 吉やんは他の村人からの頼み事も引き受けていたので、他の店にも寄る。五明寺の住職が簪が欲しいらしい。そんな用がいくつかある。
 数日後、庄助が雑貨屋を訪ねると、主人が重そうな袋を庄助に渡した。
「何枚か抜いておいたが、いいね」
「はい、有り難うございます」
「吉やんにもよろしく」
「はいはい」
 田袋村の吉やん。ろくでなしと言われ、怠け者として通っている。
 
   了

 


2022年9月29日

 

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