小説 川崎サイト

 

寝返り

 
 吉田家の重臣、柴崎は引き抜かれようとしていた。主流派と反主流派があり、柴崎は主流派。しかし、中心メンバーではない。どちらかというと主流派かなと思われる程度なので、そこは弱い。だから転がりやすいのだが、そこまでして反主流派に迎えるほどの時期ではない。また柴崎はそれほどの人物ではないので、ただの頭数。
 柴崎が主流派を裏切ったことが分かれば、それなりの宣伝になる。だが、それは、出来ればの話で、強引にそれをやるほどのことではない。
 ある日、反主流派の人物がやってきた。活動家だ。柴崎は合うのを断った。体調が悪いので、ご勘弁を、ということで。
 これが寝返らないという答えとは活動家は思っていない。体調が本当に悪いのだろう。もうお年だし。
 しかし、可能性があるので何とか寝返りの約束を得たい。そのため、連判状を持ってきていた。だが、反主流派でも、そこに名を連ねていない者がかなりいる。証拠として残るのを恐れるため。
 三度目にやっと柴崎は活動家と合った。体調が戻ったわけではなく、しつこく来るので、返事が必要だと思ったため。
「如何ですか、ご機嫌は」
「体調も機嫌も悪い」
「例のことですが」
「引き抜きに来たのじゃな」
「はい」
「しかしのう、体調が優れぬ時は、穏やか方へ行きやすい」
「そうですねえ」
「逆に、大きな刺激を求めることもある」
「それはいいことでしょう」
「気晴らしじゃ。しかし、それは一瞬で、元気な時でないと判断は難しい」
「そうですねえ」
「だから、例の一件、何度来られても体調が悪い時は、返事など出来んのじゃ」
「分かりました。また体調が戻られた頃にお伺いします」
「おお、そうしてくれるか」
「まあ、今回の件、どちらでもいいのですがね」
「そうなのか」
「出来れば、寝返って欲しいと思っているだけで」
「これ、大きな声で」
「寝返りをうつ。よくあることでしょ」
「ああ、布団の中でな、うんよくあるよくある」
 活動家はさっと引き上げた。引き込んでも、この人は面倒臭い人だと思ったためだろう。何でも寝返りをうつ人のように。
 主流派と半主流派の戦い。そういう水面下での動きはあるものの。大事にはならないままだった。
 
   了

 

 


2022年10月1日

 

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