小説 川崎サイト

 

宝の地図

 
 平沼は最近調子が落ち着いてきたので、ほっとしていた。心身共に。
 だから平沼にとり普段通りの状態に戻ったことになる。しかし、それは数日の間だけで、その後、駄目になったわけではなく、現状維持。調子は良いのだが、調子が乗らない。つまり元気がない。
 といって調子が悪いわけではなく、平常。この平常が曲者だろう。特に欲深いことを考えたりはしなくなったのだが、そう言う時の方が元気だ。
 そして調子に乗ると生きている実感がする。わくわく感のようなもの。これが果たして生きている実感なのかどうかは分からないが。
 そしてすぐに頓挫し、調子が崩れる。つまり、調子の波が激しい。
 だから多少退屈していても、平穏な方がいいのだが、これは元の状態に戻った時だけで、そのあとは何か物足りない。
「微妙な話ですなあ。そんなことで来られたのですか」
「はい、困ったことがあれば力になるよと、言われましたね」
「ああ、言ったがね。そんな微妙な調子の問題なんて、問題ではないでしょ。それで困ったことになりましたか」
「いえ、困りごとと言うほどではないのですが、何か物足りなくて」
「話が細かすぎます。何か病でも」
「ありません」
「精神的な面はどうですか」
「普通です」
「そうですねえ。平和なので退屈なのでしょ。しかし、そうでない時期、この平和は有り難いのですよ」
「戦争などしていません」
「分かっています。心の平安ですな。これで困っているとなると、贅沢な悩みですよ」
「体の調子も悪くはありません」
「いいじゃないですか。羨ましいほどだ」
「そうなんですか」
「満たされているのでしょ。その証拠です」
「しかし、何か刺激が」
「欲しいのですね」
「はい」
「折角良い状態なので、それを敢えて崩すようなことをしますか?」
「いえ、無理にはしません。小さな刺激でも充分満足しています。それは始終あります。小さいので。しかし、以前は、そんなことではなく、もっとスケールが大きかった。小手先ではなく、大技を掛けていたりと、あの頃に比べると、小さくなりました。これがなぜか情けなくて」
「じゃ、好きなようにやれば良いじゃないですか。別に私の助けなどいらないと思いますが」
「宝の地図がまだあるとか」
「まだ、何枚か、ありますよ。でも嘘ですよ。偽地図です」
「一枚頂けますか。宝探しに出ます」
「用件は、それでしたか。退屈なので、そういう行いに出たいと」
「はい。助けて下さい」
「じゃ、一枚差し上げましょう。こんな地図なんて、嘘ですよ。それでもいいのですね」
「はい、これで走れます」
「ああ、そう」
 
   了


2022年10月6日

 

小説 川崎サイト