小説 川崎サイト

 

記憶探し

 
 植田が岸辺町に来るのは十年以上前のこと。二十年近くなるかもしれない。
 駅は昔のままだが、改札口がゴチャゴチャし、切符切りの駅員は、いるにはいるが、暇そうだ。
 駅を出ると、岸辺町は昔のまま、というわけにはいかない。もしそうなら異世界に降り立ったことになる。
 二十年近いのだ。様変わりしていて当然。昔のままの風景が残っているところもあるだろうが、市街地の駅前ではそれは難しい。
 植田は二十年近く前の風景と遭遇したかったのだが、それは僅かに残っているだけで、充分だろう。しかし、探さないと見付からない。古い建物は消え、新しくなっているが、それもまた古びてきている。
 駅前に大衆食堂があったのだが、そんなものは年月の風で吹っ飛ばされたのか、跡形もなく、あのドラッグストアあたりが、そうだったはずだと、昔の記憶を辿る。
 そこに入ったことが何回かあるためだ。大衆食堂のラーメン。これが美味しかった。
 駅前にあったアーケード付きの商店街も消えている。洞窟がなくなり、普通の通りになっており、店屋はあるにはあるが、昔からの店は少ない。既に廃業していたりし、店屋が普通の家になっているところもある。もう岸部北商店街ではなくなったので、そんなものだろう。
 しかし、この近くの駅にある商店街はアーケード付きで残っていたりするので、岸辺町は早々とそれを終え、そのあとにマンションなどが建っている。
 しかし、店舗付き住宅としてずっと住んでいる人もいるので、ごっそりと入れ替わったわけではない。そのため、マンションの敷地も狭く、三階建て程度。あとは雑居ビルが並んでいる。アーケード付きの商店街なら一階までだろう。二階は住居部。
 植田は少しがっかりしたのだが、これは予測されていたこと。分かりきったことのはずなので、驚きはない。
 だが、昔の岸部町を思い出して来たのだから、それなりのものを見たい。
 商店街跡の通りの先に岸辺神社がある。ここなら殆ど変わっていないだろうと思い、そこまで行く。
 しかし、神社があることは知っていたが、神社内に入るのは初めて。その鳥居を潜るのも始めて。これは意外というよりも、そんな用事がなかったのだろう。
 岸部には学生時代の友人が住んでおり、それで何度か来たことがある。例のラーメン屋も、その友人が見送り時に付いてきてくれて、そこで食べた。
 その友人、跡形も無いというのは妙だが、その後の交流はない。卒業後、縁が切れた。これも用事がないため。そして二度と再会することはない。
 もしかすると、そのへんを歩いているかもしれない。だが二十年近いので、顔を見ても覚えていないだろう。若い頃の顔しか知らない。
 それはその友人から見た植田も同じ。植田だとは気付いてくれないだろう。
 その友人が住んでいたアパートの前を通ったが、既に取り壊されていた。当然だろう。当時から古かった。
 植田は辻褄合わせで岸部町に来たようなもので、時の流れを実感したかったのかもしれない。
 
   了
 


2022年10月9日

 

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