小説 川崎サイト

 

現実

 
「僕が見ている現実は、実は本当の現実じゃないんだ」
「君だけがその現実を見ているのかい」
「僕らだ。みんなそうだ。現実だと思っているものは、実は本当の現実なんかじゃない」
「じゃ、みんな何を見ているんだ」
「影だ」
「ああ、それはプラトンだね。昔からそんなことを言っている人がいるんだから、別に珍しい話じゃないよ」
「君は本当の現実を見たくないかい」
「それは見ることは出来ないんだろ」
「そうだったな。しかし、瞬間的に垣間見ることが出来るんだ。閃光のように」
「それは頼りない現実だなあ。ずっとその本当の現実が見られるのならいいけど」
「それは無理だ」
「どうして」
「想像の世界だから」
「誰が想像するの」
「プラトンならプラトンが想像したイデアの世界だ。だから、想像だよ」
「え、本当の現実は想像なの」
「だから、そういう本当の現実があるというのが想像だよ」
「何だプラトンの想像か」
「本当の現実ではなく、その影を見ているんだ。それが現実だと思ってね」
「影ならべたっとしていて輪郭しか見えないんじゃないの」
「だから、洞窟内でのたとえだよ。その人は洞窟の壁を見ているんだ。後の方に光源がある。その前を誰かが通ると、その影が見える」
「影でも現実じゃないか」
「え」
「だって、誰かが通ったことが分かるんだろ。影でもそれが分かる。だから誰かは知らないけど、輪郭を手掛かりにして大人か子供かは分かる。髪型も分かるから男か女かも分かるかもしれない。体つきもそれなりに分かるじゃないか。これって見ているのは現実じゃないか」
「いやいや、そうではなく、間接的には分かるが、実体は見えないと言うことだよ」
「後ろを見れば見えると思うけど」
「それは縛られていて後ろを向けないんだ」
「たとえ話なので、そこは現実とは違うんだな。それ用に配置されていたりして」
「それよりも僕らが見ている現実は実は本当のものではない。と言うことが言いたいんだ」
「そうだね。同じものを見ても、違うように見えるよね。でもそんなに大した差はないでしょ。赤信号は赤で、それが青に見えたりしないでしょ」
「見えることがあるかも」
「でも位置で分かるでしょ。三つの真ん中は黄色とか」
「ふむ」
「それに人が通り出せば、青になっているはず」
「うむ」
「しかし、僕らが見ている世界は、実は本当の世界じゃないんだ」
「それよりも、この前に貸したお金、早く返して欲しいんだけど」
「この世は想像の世界だ。本当の現実の世界ではない」
「本当か嘘かは知らないけど、君は金を借りており、それを返さないといけないのは、どう言い訳しても現実だよ」
「それを言うな、それを」
 
   了

 


2022年10月10日

 

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