小説 川崎サイト

 

平々凡々

 
「平凡な日がいいですねえ」
「それは難しいぞ」
「え、一番簡単じゃないですか。特に何もないような日ですよ」
「至難の業じゃ」
「どうしてですか」
「何かあるじゃろ」
「あまり何も、これといったことがない日です」
「じゃ、退屈ではないか」
「それほど退屈しません。一寸刺激が欲しいところですが、まあ、このままでもいいかと」
「ほほう。それは気持ちの問題か」
「ほどほどの日でして、まずまずの日です。でも、まずまずだと一寸いい感じで、調子が悪くない日になります」
「ほう、なりますか」
「はい。調子は悪くなく、よくもない。気分もよくもなく悪くもない。これです」
「そんな日があったか」
「殆どありません。それに、そんな日があったとしても、さっと流して、忘れているでしょう。印象に残らない日ですから」
「その希望、悪くもなく、よくもない。可もなく不可もないという感じじゃな」
「希望ですか」
「それを望んでおるのだろ」
「それもまた望んでいるようでも望んでいないような。何せ平凡ですからねえ」
「その境地、よくもなく、悪くもない」
「どちらかに傾く前の状態です」
「中庸というややこしいものを持ち出したくないが、そういう心構えが臭いのじゃ」
「中間ですか」
「そんな、ど真ん中はない。どちらかに傾いておる」
「でも、そんな中間ではなく、特に何もないというのがいいのです」
「心は穏やかなようで、穏やかではない。どちらでもないような状態か。これはやはり難しいぞ」
「偶然、そういう日があるのです。でも先ほど言ったように忘れています」
「よくもなく、悪くもない、か」
「はい」
「あるようでない状態は作れんからのう」
「ええ、簡単に出来そうなはずなのですが」
「そうじゃろ。だから平凡さは難しいと言っておる」
「極めるのとは違うのです」
「ほう」
「何も極めていない状態です」
「難しいことをいう。弟子のお前の方が先を行っておる」
「先でもなく、あとでもない」
「その物の言い方、あまりよくないぞ。曖昧さで逃げておると取られるので、門外では言うな。それにわしがそれを教えたように思われるのでな」
「教わっているようで、教わっていません」
「それは空とか、無とかに通じるので、その言い方もやめなさい」
「色々と難しいのですね」
「そんなことは独り言ですませなさい」
「はい、師匠の言うことを聞いているようで、聞いていない、などとは言ってはいけないのですね」
「お前は軽々しい」
「軽いようで重いのです」
「もう、やめなさい」
 
   了



2022年10月15日

 

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