小説 川崎サイト

 

壮快な話

 
 下田は会社へ行けない。そのため、勤めていない。だが、行かないといけないと思い、何度か面接に行ったのだが、その前に履歴書などを書くのが嫌だった。
 それ以前に、写真を用意しないといけないのも嫌だった。
 それ以前に履歴書を買いに行くのが嫌だった。ここまで嫌なら就職しなければいいのだが、そうはいかない。無職では食べていけない。まさに王道。
 その王道の道筋で、嫌だったことを何とかクリアし、履歴書を郵送するところまでいった。上出来だ。下田は根性を振り絞り、そこまでこぎ着けたのだ。それを根性というのかどうかは分からない。本当の下田の根の精魂は働きたくないという強情なところにあるはず。
 そして面接当日。これは嫌々ながら起きた。ここまで頑張って履歴書を送るところまで行き、さらに面接にまでこぎ着けたのだ。何次あるのかは知らない。調べれば分かるが、見たくはない。
 そして都会にある大きなビルの前まで来た。そこが面接会場。よく面接で使われるビルで、本社ビルではない。しかし、そのビルの高さを見た時、目眩がしてきた。急に上を見たためだろう。
 ここも勇気を振り絞り、中に入り、会場である階まではエレベーターに乗った。一緒に乗った人が何人かいるが、スーツ姿。
 下田もそうだが、着慣れていないし、ネクタイの締め方もネットで見て、その通り結ぶが、すぐに忘れるし、朝にやりたくないので、カッターシャツに結びつけて、寝た。ネクタイを締めて寝たわけではない。
 このエレベーター内も嫌だった。
 さらに面接会場の貸し会議室のドアを開けると、何人か、パイプ椅子に座っていた。敷居の向こう側で話し声が聞こえる。まだ始まっていないはず。予定時間の十三分前なので。
 椅子が一つ空いている。下田のものだろう。すぐにそこに座った。ここで並んで座っている五人。ライバルだろう。
 下田は腹具合が悪くなった。こういうとき下痢をしやすくなるようだ。ただ、ここで不始末をするわけではないだろう。それだけの肛門の力はある。押さえられる。
 しかし、この状態で面接を受けても、声もうわずり、動作も挙動不審になるだろう。
 それで、トイレへ行った。普通のビルなら、あるはず。それが突き当たりにあったので、そこで用を足した。
 これはいけない。体が、その全ての答えを教えてくれている。下田が何をすればいいのかを。
 下田はそのままエレベーターで下り、ビルを出た。
 世の中で、こんなにほっとし、解放感に溢れることがあるとは思えないほど。壮快だった。
 
   了



2022年10月22日

 

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