小説 川崎サイト

 

殺気

 
「ほほう、殺気を感じると」
「吉沢氏からです」
「見たのか」
「感じました」
「そのとき、顔を見たか」
「はい」
「どんな表情だった」
「ぐっと私を睨んでいました」
「どのように」
「え」
「だから、目がどうだった、鼻は、口は、眉は」
「だから、怒っている時の表情です。露骨ではありませんが」
「それをどうして殺気だと分かる」
「怨まれていますので」
「そうじゃな、吉沢氏を差し置いて、おぬしがお役に付いたのだからな」
「そうです」
「しかし、殺気とは言い過ぎだろう。そんなことで、殺害に及ぼうとするはずはない。他に理由は考えられぬか」
「吉沢氏とはそれだけの関係で、他には何もありません」
「殺されるかもしれぬと、思ったのか」
「そんな勢いでした」
「まあ、妬ましく思っていたので、此奴めと睨んだ程度だろう。殺気とは言い過ぎ」
「はい」
「それに吉沢氏が刀を抜いたとしても、損をするのは本人。それが分かっておるので、そんな真似はせんはず」
「しかし、殺気で、痛い」
「どこが」
「顔が」
「顔の何処が」
「頬から口元に掛けて」
「猫なら、そこに髭がある。虫とかもな。そこで感じるのだろう。しかし、殺気を感じるかどうかは分からんがな」
「あなたは剣の達人。殺気を感じることがあるでしょう」
「相手が目の前におるとな。しかし、少し離れたところにいて、見えないと、それは分からん」
「しかし、殺気を感じて、道を変えるとかもあるとか、聞きます」
「あるかもしれんがな。わしにはそんな能力はない」
「猟師も鉄砲を持たないで山に入ると、獲物を多く見かけるとか」
「聞く話じゃな」
「そして鉄砲を持って山に入ると、なかなか獲物は見付からないとか。これは殺気を感じているのではありませんか」
「匂いかもしれん。火縄の匂い。火薬の匂い」
「はあ」
「だから吉沢氏から殺気が出ていると言うことはないと思うので、安心しなさい。斬られるようなことはない。吉沢氏にもそれぐらいの分別はある」
「はい」
「今度、吉沢氏から殺気を感じた時はどうすればよろしいのでしょうか」
「それは、さっき言った」
「あ、はい」
 
   了


 


2022年10月31日

 

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