小説 川崎サイト

 

妖怪セルフ退治

 
 なかなか果たせなかったことを果たすとスッキリする。その時、その瞬間ではなく、じんわりと後で効いてくる。まるで憑き物が落ちたように。
「それですねえ、村田さん。あなたに憑いていた妖怪が消えたのは」
「正体は分からなかったので、それでしたか。しかし、何かに憑かれているとは思ってもいなかったし、それほどひどいことにはなっていた覚えなどありませんが、今、考えると、妙な感じがあったような。しかし、世の中それだけでは決まらないでしょ」
「そうですなあ。知らないうちに何処かが悪くなり、それが何処だか分からないままそのうちいつの間にか消えている。治ったのでしょうなあ。そういうこともあるでしょう」
「しかし、私の場合、あることを果たしたことで、すっと落ちたのです。いや、すっとじゃない。それさえあまり気付かないような」
「微妙ですねえ」
「はい。しかし、博士は妖怪が憑いていたと言いましたね」
「うむ」
「ではその妖怪と、私が果たしたある用件とは関係があるのでしょうか」
「おそらく、あなたが果たした用件。その果たしたことが妖怪退治になったのですよ」
「簡単なことだったのですが、なかなかその気になれず、伸ばし伸ばしにしておりました。やろうと思えばすぐにでも出来ることで、問題は何もありません。出来るのです。難しい話じゃありません。でも出来ない。それはその気になかなかなれなかったからです」
「それがなれたと」
「はい、少し調子の良い日がありましてね。何か前向きな気持ちの日で、先へ先へと進みたがる日でした。で、そのなかなか果たせなかったことにすっと入って行けたのです。滅多にそんな日はありませんからね」
「妖怪退治ですな」
「妖怪ではなく、ずっと気になっていた案件でして、それほど大した用事ではないのですが、これを果たせないと先へ進めない。そろそろやるべき時だとは常日頃思っていたのですがなかなか踏み切れなくて」
「その頃ですね。妖怪が家に出るので、何とかして欲しいと言って来られたのは」
「そうです」
「お話を伺っただけで、どうすれば良いのかは私には分かりませんでした」
 妖怪博士の切り札の御札が切れていたのだ。
「そのうち消えるとおっしゃった」
「言いましたか。はいはい、忘れていました」
「先ほどの果たせなかった用件を果たすと、もう妖怪は出なくなりましたが、そのうちに勝手に消えるとおっしゃったのはそのことですか」
「その御用件とかは私は知りませんが、偶然それが妖怪の発生源だったのでしょうねえ」
「その用件と妖怪との関係があると言うことですか」
「いや、そうではなく、今回のように果たせないままずっと放置していたため、沸いたのでしょうねえ」
「用件とは関係なくですか」
「はい、気掛かりなどもそうでしょうね」
「心の中の問題ですか」
「そこから湧くのでしょうなあ」
「本当ですか」
「結果オーライですよ」
「そうですねえ」
「妖怪を消すスイッチが、あの用件だったんだ。しかし私にもまったく分かりませんでした」
「きっと果たせなかった用件を果たせたので、そのすっきりとした気分が、妖怪を退治したようなものですよ」
「殺虫剤のように」
「まあ、すっきりとした気分。そんな気体が発生するわけではありませんが、ガス抜きとも言えます。ずっともやもやした気分を何処かに残していると、妖怪が発生するのでしょうなあ」
「解説、有り難うございます」
 嘘も方便とも言うが、妖怪博士も、それをよく使う。その方が説明がしやすいためだろう。
 
   了

 

 


2022年11月18日

 

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