小説 川崎サイト

 

結界の磁場

 
 喫茶店の窓から夕焼けが見える。陽射しは来ていないので、太陽はもっと下だろう。または窓の左端の向こう側にあるのかもしれない。
 この時期、その方向にあることを宮本は知っている。ただ、太陽が窓から見えるときは、見えない。巻き上げ式のカーテンを誰かが下ろすからだ。
 宮本は赤く染まりだした雲と薄くなった青空を見ている。朝は雲ばかりで、青空はなかったので、回復してきたのだろう。
 あっという間に一日が終わろうとしている。昨日も同じような場所へ行き、同じようなことを反復しているので、以下同じとなる。
 その日の特徴というか印象が残りにくい。ただ、一寸違うことが起こったり、または見たり聞いたり、少しだけ変化はあるが、日常範囲内。いつもの範囲内。
 そのためかどうかは分からないが、一日があっという間に過ぎる。
 これではいけなと思い、宮本はいつもとは違うことをやることにした。喫茶店から見る夕焼け。これを別の場所から見れば、大きな変化だ。いつもとは違う。出来れば初めての場所で見るのがいいだろう。
 それには少しだけ遠い場所へ行く必要があるが、別に夕焼けを見なくてもいい。たまには大きな街に出て、その雑踏の中の一人になるだけでもいい。
 人が多い横断歩道。こういうのがあればいいはずだが、それにはそこへ出て行かなくてはならないが、その用事がない。
 夕方、別の場所に居たいというだけの用事では頼りない。そんなことで大きな街へ出て来る人など希だろう。何か買い物があるとか、人と会うとか、用事があるとかのついでだ。
 そのついで中に偶然夕方となり、ビルの隙間から夕焼け空が見える。それはいいのだが、それをだけを見に行くのは、やはり宮本には出来ない。説得力がないためだ。そんな風雅も持ち合わせていない。
 それに夕方前にそこに立つには、出掛ける時間帯や日が問題。別にいつでもいいのだが、どの時間帯に出るかだ。
 その時間、既に予約が入っている。いつもやっているようなことで、別に休んでもいいのだが、調子が狂う。いつもの用事が街に出ることで抜け落ちてしまう。段取りが違ってくる。
 夕食はどうするのか。戻ってからでは遅いだろう。だから、外食で済ませるはず。何処で食べるのかを考えると、知っている街なら知っている食堂なりがある。
 そこで宮本はふと考えた。これだと。それは外食。食べに行くのを目的とすれば動きやすい。夕焼けを見るよりも目的として分かりやすい。
 別に知らない店でもいいし、面倒なら立ち食い蕎麦でもいい。普段とは違うことなら、何でもいい。
 当然、翌日、そんなことなど忘れて、またいつもの喫茶店の窓から夕焼けを見ている。その日は見事だった。
 当然、一日のスケジュールは昨日と同じ。日常の結界から外へ出るのは難しい。磁石のように吸い込まれる。余程のことがないと、その力を跳ね返せない。日常の外には出られない。
 宮本はそれで、パワーがいることを知った。しかし、そんなエネルギーを使うほどのことではないので、たまたま出来た用事などを待つしかない。外食ネタは無理だが、買い物なら行けるだろう。
 しかし、近所でも売っていたり、ネットでも売っているような品なら、わざわざ出掛けなくてもいい。
 昔の人はどうしていたのだろう。この結界を抜け出す方法を。
 宮本は寺社参りを思い付いた。信仰心からではない。出掛ける理由になる。
 その後、宮本がそれを実行したかどうかは分からない。
 
   了
 



2022年12月7日

 

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