小説 川崎サイト

 

茶を沸かす

 
 まだそんなものが残っているのかと思えるほど古いボロアパート。同時代に建ったようなものはその近辺にはもうない。
 それが建つ前は田んぼ。おそらくその持ち主が売り、そこに建ったものか、あるいはその農家が建てたものかもしれない。
 まだそんなボロアパートがあるのかというように、まだそんな人が住んでいる。
「メインがどうも怪しいんだ」
「怪しげなメインなんだね。神秘的、オカルト的な」
「そうじゃない。メインがぐらつき始めた」
「じゃ、メインじゃなかったんだ」
「しかし、それがメインだと思い、ずっとそれに沿ってやってきたんだが、どうも思わしくない」
「どう思うようになったの」
 冬場なのに、一リットル入りのコカコーラが二人の間の畳の上に置かれている。そんなに飲めるものではないし、小さな電気ストーブなので、ただでさえ寒い。そのため、毛布が用意されている。フェリーに乗っているようなものだ。
「興味が薄れてきた。やる気が消えてきた」
「大丈夫かい。大事にしているものだろ。それが消えると困るじゃないか。やることを失うよ」
「だから、重大事なので、相談に来たんだ」
「それは異変なの」
「いや、急に来たわけじゃないけど、何となく敬遠するようになった」
「遠ざけているの」
「気が進まないし、やる気が起こらない。しかしだ、他のことは出来る。メインじゃなく、その周辺で、サブかな。そちらの方が楽しいし、気楽だし、さっと出来る」
「でもサブなんだろう」
「いや、そっちの方が本当はメインだったのかもしれないんだ」
「そうだね、君は最近寄り道をしているので、おかしいなと思っていたんだ。その寄り道はサブなんだろ」
「いくつかサブはある」
「どのサブがいいの」
「うーん、今はメインに近いサブかな。これをやっていると、メインよりも良かったりするから。また、別のサブもあってね。それも並行してやっている」
「色々とやっているのは、聞いてるよ。ここに来る度に、違うことを言ってるからね」
「どうなんだろうなあ」
「僕に聞いても分からないよ」
「相談に来たのだから、何か助言を」
「メインが壊れ、サブが増えた。親分がいなくなり、子分ばかりになった。そういうことかい」
「そうだけど、メインがなくなるのは惜しい気もするんだ」
「でもやっていないんだろ。興味も薄れて、サブの方が強いんだろ」
「どうしたらいい」
「そのまま、メインを残しておけばいいんだ。別にやる必要はない。メインだと奉っておけばいい。ないと困るんだろ。あるだけで役目を果たせるわけだ。どうだ、これならいけるだろ」
「うまい」
「いや、ただの思い付きさ」
「いい助言有り難う」
「コーラ、残っているよ」
「寒くて、もう飲めない。温かいお茶が欲しい」
「ああ、沸かしてくるよ」
「そうしてくれ」
 
   了

 

 
 


2022年12月16日

 

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