小説 川崎サイト

 

晦椀

 
 年末となったので、藤沢は何かしないといけないと思った。その何かとは今年やり残したことだ。それはいくらでも思い付く。
 去年も同じネタでそう思い、やろとしたが、年を越した。忙しいときにやらないで、次の年の何処かでやればいいと思ったため。
 これは思うだけで、何もしていないが、そのネタを早急にやらないといけなくなったときはやっている。
 しかし、それでは遅すぎることになり、その分、手間がかかったりする。
 それがあるので、やり残しを少なくしたかったのだろう。良い事だ。積極的で前向き。
 しかし、思い付くだけでもかなりある。至急にやらないと駄目、というものではないので、甘く見ている。
 だからより大事なことから始めようとしたが、そのネタは結構大物。これをやり始めると、他のことが出来ないほど。たとえば引っ越しがそうだ。
 藤沢は引っ越したいと思っているのだが、これは急いでいない。いつか越したい程度。別に、今の場所でも支障はないが、気分を変えたいし、駅に近い場所がいい。
 ネタは大きいが、緊急性がない。今すぐやらないとまずいことでもない。別の考え方では余計なことに近い。しなくてもいいこと。
 これはネタが大きいだけに、展開も大きい。引っ越しただけですむ話ではなくなる。その場所がどんな場所なのかは分かりにくい。周囲の雰囲気とかは住んでみないと掴めないだろう。
 それに引っ越した直前から問題になるようなことがそれなりにあるはず。便利と思える反面、不便なことも付いてきたりしそうだ。
 ものを買って、食べるとか、使うとか、飾るとかなら簡単。しかし、引っ越しネタは大きすぎる。色々と影響が出る。
 それで今年も、やり残したまま、越してしまいそうだが、味噌汁椀だけは変えたいと思った。これは簡単だ。
 つまり小さいのだ。それ一つしかない。黒でなければいけないし、瀬戸物では駄目。そのへんの定食屋にあるような味噌汁椀でいいのだが、それの大きなタイプ。それなら中に色々と具を入れることが出来る。ただし、大きすぎても駄目。
 程良い椀の大きさ。これは分かっている。見ただけで。ただ、深いタイプか浅いタイプかで迷っている。これが決まらないまま。
 浅いタイプはそれなりに入口が広い。どちらがいいのかを年内に決めるべきだ。これなら出来る。両方買えばいいのだが、食器は増やしたくない。食器棚が小さい。使わなければただの飾り棚になる。それは避けたい。
 それが出来るのなら、とっくの昔に買っている。
 しかし、今の小さいめの味噌汁椀でもいいのではないかと思えることもある。汁なのだ。味噌汁だけの味噌汁でもいい。汁しか入っていないが、どう見ても味噌汁。本来、そういうものだったはず。
 しかし、これはやり残しているネタ。これぐらいは決着を付けて実行出来るだろう。浅いか深いかの決定はアテモノでもいい。つまり丁半博打だ。
 それで失敗したとき、どう納得するか。買い直す手は使いたくない。偶然選んだ方を使うのが定め。これは運を天に任せるようなもの。
 ただ、深い浅いは二の次で、今よりも大きければ満足出来る問題。
 今年、やり残したことの中で、一番簡単そうなことを藤沢は実行することにしたのだが、実際にはどうでもいいことなのだ。
 
   了

 



 


2022年12月21日

 

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