小説 川崎サイト

 

寒い日だった

 
 寒い日だった。寒さが全てに先立つ。これは尿意、便意と同じで、全てのことを差し置いて実行しないといけないこと。
 しかし、寒さに関しては、緊急性はない。トイレに行かないと大変なことになるわけではないが多少汚れる程度で、大事故ではないし、命取りではない。
 寒さは我慢出来るが、その間、寒さで覆われる。ただ、緊急ごとが発生しているときは、寒さは感じないかもしれない。そちらに気を取られて寒いとか暑いとかどころではないためだろう。
 しかし、いつもと同じような時間を過ごしているとき、寒さは目立つ。それが目立つためだろう。これを何とかした方がいいのだが、それ以上の暖房となると、布団の中に入るしかない。
 倉田の部屋にはエアコンはない。小さな電気ストーブがあるだけ。それとホームゴタツがあるので、その中に入っておれば何とかなるのだが、それでは足りない。
 毎年これで冬を越せているのだが、寒さで肩が凝ったりする。着ぶくれではなく、ガタガタ震えているのか、筋肉を使っている。力んでいる。
 それで上に分厚いものを羽織ったりしているのだが、それでもガタガタが来る。
 そのためか、運動し続けているようなもので、腹が減る。そこでエネルギーを使っているのだ。
 倉田にとり、それは慣れた冬の過ごし方なので、それでいいと思っているが、寒さばかりが気になる。寒さが全てのものに先立つ。
 しかし、部屋の中はそれなりに暖かいのだから、凍え死ぬようなことはないし、それに氷点下にはならない。だから大した寒さではないが、やはり気になる。
 ただ、体を動かしているときは別。外に出て棒立ち状態なら寒いが、歩いたり自転車に乗っているときはそれほどでもない。じっとしているので、寒い。
 真冬、雪が降っている庭に面した廊下で座禅を組んでいる人は、この寒さをどう払うのだろう。心頭滅却すれば火もまた涼しの逆バージョンをやっているのだろうか。
 ある高僧が燃えさかる山門でそう言ったことを誰が聞いていたのだろう。聞いた人も同じ運命になっていたはず。だから後世に伝える人がいない。下から見ていた武者達が聞いたのだろうか。
 心頭滅却すればいいのだ。熱いと思う心を消すこと。しかし、心でそう思っていても、アチチと体が急を告げるだろう。
 寒さもそうだ。これは体を温めればガタガタと震えるのは止まるはず。
 倉田は精神的なことで、寒さから逃れようとしたが、無理が多い。震えるのは、何とかしてくれと体が言っているのだ。それを無視し続けていると、体温が下がり、危険な状態になるだろう。
 だから、寒がっているのは正常で、センサーが正常に反応しているだけ。あとは心ではなく、もう少し暖かくなることを考えることだろう。
 それで倉田は、ホームゴタツを買い換えることにした。どうも故障しているらしく、強い目にしているのに、買ったときの暖かさがない。
 それまでの間、電気ストーブを可能な限り近付けたり、置く場所を変えたり、また、分厚いセーターを着込んだりした。
 これだけでましになり、寒さが全てに先立つ状態から少し脱した。
 よく考えなくても、それぐらいのことは自然に誰でもやっているのだが。
 
   了
 



 


2022年12月22日

 

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