小説 川崎サイト

 

師走の一葉

 
 街も色付いていた紅葉シーズンも終わり、年の瀬となる。色が抜けた歩道。既に落ちて汚れた葉が舞い、その風も冷たい。
 寒さも増したことも手伝い、やや物寂しさが出る。春へ至る冬なら、その先の明るさを感じるのだが、今からさらに寒くなる。ただ、まだ師走。年は越えていない。
 植田はこの時期の居心地がどうも苦手らしく、物思いに耽る晩秋よりも、年末ギリギリの頃で、特に行事などない日で、クリスマスもまだの時期。
 去年もその歩道を歩いていたとき、桜の葉が落ちてきた。最後の一葉のように。
 その橙色の葉は途中で旋回し、植田の周りを飛び交った。そんなことがあるのだろうかという光景を去年見た。
 目の前に来たとき、葉を見ると、葉舟の上に昆虫に似た妖精が乗っていた。悪戯好きで、そんなことをして人を驚かすのが好きなようだ。
 これは去年植田が見た錯覚ではなく、幻覚でもない。確かに木の葉が落ちてきたのは事実だが、旋回はしないし、しばらくの間、飛んでいることもなかったので、これは植田の想像。
 しかし、一年経つと、それは本当にあったこととごっちゃになり、思い出の中では、存在してしまった。
 それは勝手な想像だとは本人は百も承知。ただのファンタジー。
 実際にはそんなことは起こらなかったのだが、植田の中では起こっている。リアルではないが、植田の中では存在感がある。
 その桜の葉、その後どうなったかというと、そこまでは想像しなかった。またその葉の上の妖精とのやり取りもなかった。そこまで想像の羽を伸ばせなかったのだろう。
 そして、今年、同じ桜並木。おそらくこの木だったと思う場所に差し掛かる。そして上を見ると、まだ落ちていない葉が何枚かある。去年は一枚だけ。
 植田は少し立ち止まり、葉を見ていたのだが、落ちる気配はない。まだその時期ではないようだ。それに一枚なら、最後の一葉となり、分かりやすいのだが、今年は分かりにくい。
 通りかかったとき、偶然落ち、植田の目の前でひらひらしてくれないと、話にならない。
 今年はないか。と呟き、通過した。そういうことが毎年あるわけではなく、去年が初めての体験。しかし体験ではなく、ただの想像。
 今年は何も想像出来ないのはあれっと思うものがないのだろう。
 それで植田は、もうそんなことなど考えずに、スタスタと歩いて行った。
 その瞬間、植田の後に一枚の葉が舞い落ちてきた。植田は気付かない。
 その葉は植田を追い、背中に落ちた。落ちたのではなく、肩まで飛んできて止まったのだ。
 植田は気付かない。
 翌朝、部屋を見ると、桜の葉が落ちていた。コートを脱いだとき、落ちたのだろう。
 葉には妖精は乗っていなかった。
 
   了

 



 


2022年12月23日

 

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