小説 川崎サイト

 

一寸違う絵

 
 猪田は人と違うものに興味がある。人と同じ事をするのでなく、独自なもの、一寸違うことがしたい。普通のことではありきたりなので、興味が薄い。
 しかし、ありきたりのことを飽きるほどやってきたわけではなく、避け続けていたので、その経験は少ない。
 だからよくあることをやるのが下手になっているが、それほどレベルの高いことではない普通のことなので、やろうと思えば、それほど難しくはないが。
 それで珍奇なものとか、特殊なもの、あまり人がやらないことばかりをやっていた。しかし、そればかりだと変人になり、社会生活が危なくなるためか、最低限のことは、人並みにやっている。
 その猪田も良い年になり、昔ほどにはややこしいことをしなくなった。特別なこと、少し風変わりこと、誰もやっていないことなどのネタがなくなったわけではないが、面倒になったのだろう。まあ、飽きたと言うべきか。
「普通の絵を書いているようだね、猪田君」
「新鮮です」
 猪田の先生に当たる画家と話している。
「君の絵は面白いよ。もっとやれば良いのに、よくある絵になってしまった。残念だね」
 この先生、普通の絵を書いている。何度か小さな賞を取ったこともあるが、絵だけでは食えないので、絵画教室をやっている。
 猪田はその生徒というよりも弟子に近い。教室以外でも、その先生と親しく付き合っている。先生は妙な絵を書く猪田を気に入っていた。
「どうして、今まで書かなかったのだろう。新鮮です」
「君が避けていたんじゃないか」
「そうなんですが、人と同じようなことをするのが嫌で」
「一人として同じことなどやってませんよ。それぞれ個性がある。同じに見えてもね。君の場合、作為的にそこを誇張しすぎた。その不自然さが面白いのだが、そうか、気付いたか」
「何となく、平凡な絵を書きたい気になっただけです」
「まあ、君も良い年だ。それだけのことだよ」
「でも年とともに、狂ったような絵を書く人もいるでしょ」
「それは簡単なことなんだよ。ありふれた絵を書き続ける方が、本当は難しいのだよ」
「でも、見た目、地味です」
「滲み出る味わい。ほのかに感じ取れる淡い印象。このあたりがいいんだよ。私も長い間書いているが、なかなかその境地には達せない。だから、乱暴に気が狂ったように書く方が簡単なのさ」
「何となく分かるような気がしています」
「ある年代にならないと、それは分からない」
「はい」
「まあ、そんなに力まないで、軽く書きなさい」
「先生」
「なにかね」
「それは何流なのですか」
「絵を書かない人の流儀だよ」
「はあっ?」
 
   了 



 


2022年12月24日

 

小説 川崎サイト