小説 川崎サイト

 

寝れば極楽起きれば地獄

 
「今年も暮れますなあ」
「盆暮れの暮れですね」
「お盆あたりから日が暮れるのも早くなってしまうよ。お盆は年末寄りで、本当は六月あたりがいいのでしょうがね。まだ暑くはないのですが、梅雨で鬱陶しい。それに田んぼも忙しいのでしょ。田植えとかね」
「休んでいる場合じゃないと」
「お盆の頃は地獄の釜も休むらしいので、時期的にはいいのかもしれませんよ」
「地獄の釜。ボイラーマンがいそうですね」
「鬼でしょ。鬼も休む。針の山の鬼も休む。お盆は」
「そうですねえ。お盆に殺生をしてはいけませんからねえ」
「いやいや、既に亡くなって地獄に落ちた亡者ですから、もう死んでいます。死ねないのが地獄です」
「救いがありませんなあ。休める時が」
「魂は輪廻するとされていますので、魂は死なないのでしょ」
「じゃ、地獄の釜ゆでも、魂がじかに湯がかれているのですか。絵なので見ると亡者には肉がありますねえ。魂じか茹でよりも身があった方がきついかもしれません」
「まあ、それは誰かが想像した世界ですよ」
「誰ですか」
「平安時代の坊さんでしょ」
「でも、西洋にもありますね。地獄が」
「まあ、地獄へ行って戻って来た人はいません。だからどうだった、いい湯だったかの話もありません」
「地獄に落ちても、生まれ変わるのでしょ」
「模範囚のような亡者ならね」
「何とかなりませんか」
「それが蜘蛛の糸です」
「ああ、芥川ですね。上から糸が垂れている。それにしがみついて、よじ登れば、ということなんでしょうが、蜘蛛の糸じゃ掴んだだけで切れますよ。それに釣り糸のように丈夫でも、細すぎて、手が切れますよ。体に巻き付けても、これもやはり手繰らないと上へは行けません。だから手が切れる。どちらにしても、登れません。それにその蜘蛛、何者でしょうかね」
「残酷な話ですねえ」
「藁をも掴むの藁のほうがしっかりしていますよ」
「地獄には行きたくありませんねえ」
「だから、現世でいいことをせよと言うことですか」
「悪いことをすると悪いポイントが貯まり、良いことをすると、いいポイントが貯まる。だからあとで計算して、いいポイントの方が多いと、極楽行きですね」
「まあ、閻魔さんのジャッジですから、これは判定基準が公開されていませんから、良い事をしたのに悪いことをしたポイントになったりするかもしれませんよ」
「西洋では極楽ではなく、天国ですか」
「同じようなものかもしれませんが、地獄や極楽とは別に、六道という考えもあるようですよ。村墓なんかに六地蔵が並んでいるでしょ。あれです。極楽か地獄かではなくね。間もあるのです。六段階」
「六道輪廻ですか」
「上の方だと天界です。一番下が地獄。その上が餓鬼とか畜生とかで、ろくなものじゃない。人間にまた生まれ変わったとしても、その上が一つあるらしい。それが天界で、こいつが極楽らしいのですが、この六道内なので、まだまだウロウロしないといけない。生まれ変わってばかり。その上へ行かないとね」
「難しいですねえ。昼寝している方が楽だ」
「寝れば極楽、起きれば地獄ですからね」
 
   了

 

 


2022年12月30日

 

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