小説 川崎サイト

 

今様

 
 最新のものより、ちょっと昔のものの方がよかったりする場合がある。これは新しいものほど進んでいるのだが、進みすぎて身の丈に合わなかったりする。しかし、効率はいい。
 その効率、程がある。程度が。ある線があり、そこを越えると不快とまでは行かないが、一寸困ることもある。面食らうとかだ。そういう喰らい方をしたくないので、一寸古いものに戻る。
 ただ、その一寸、戻りすぎて、もうなかったりするし、また寸足らずで、困ることもある。
 戻り方にも程度があるのだろう。そして、それは経験することなく時代と共に素通りしたものもあるので、飛び越えてしまったのか、意外と知らなかったりする。
 それもまた古くなり、今風なものに置き換えられたのだが、その置き換えは頻繁に起こり、今風と思っているものでも結構古くなっている。
 しかし、置き換えられる前、それがかなり完成度が高く、非の打ち所がない場合、まだ弱点があり、完成されていない最新のものよりもよかったりする。
 そして、それほど古くはなく、今風のその今の風も少しは入っており、時代遅れではない。つまり今の様とも言える。今様をまだ舞える状態。
 ある時期、ピークがあり、徐々にそれが衰える前に、違うものに置き換えられることもある。
 全てがそうではないが、あの頃のあれの方がよかったとか、あの時代のあの時期がよかったとか、あそこが最高だったのではないか、それを越えるものは今も出ていないではないか、などと思うこともある。
 これは色々な事情でそうなったのだが、多少不満でも、それしかないのなら、仕方がない。
 しかし、少し戻しても別段支障がないのなら、少しは戻ってもいい。ただ、それを見出すのは本人次第。
 また、今風のものよりも、進んでいた場合もある。より未来に近いとか。
 その一寸昔のよかった時代に、今風なものも向かっていたりする。これは逆戻りだが、今風だけでは居心地が悪いのだろう。
 今のものの方が過去のどれよりもいいと思いたいが、意外なところで不便を感じたりする。
 一歩前を進む。二歩では進みすぎ。その逆に一歩うしろ進む。これは戻っているのだが、飛び越えてしまった場合、今だ経験していないうしろにあったものなので、こんなものがあったのかと、少しは驚く。
 これは後戻りではなく、来る時に踏んでいなかったものなのだ。行きすぎて。
 また、時代が変わりすぎて、体験しないまま通過したものが結構ある。
 今は昔と、昔の話ではなく、一寸この前の話だ。今よりも進み過ぎていたものはいくらでもある。ただ、今、それを復活させるとなると、色々と問題が絡んでくるので、出来ないのだろう。
 
   了
 

 


2023年1月6日

 

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