小説 川崎サイト

 

初詣

 
「寒くなりましたなあ」
「今日は寒いです。昨日よりも」
「明日はもっと寒くなりそうですねえ」
「まだ、真冬は越えていませんから、もっともっと寒くなりますよ」
「冬越えですなあ」
「そうですね。年越ししたばかりなのに」
「夏越えもありましたなあ」
「暑くて大変でした」
「春越えとか秋越えはありませんなあ」
「あるんじゃないですか。でも、分かりにくい。それに越すと言うほどではなく、過ごしている程度です」
「寒くて、ここに来るだけで精一杯です。初詣も近所の神社で済ませました。それでも寒かったです。でも焚き火をやってましてねえ。これは憩えた。焚き火にあたるなんて、年に一回ぐらい。私が子供の頃は、よくやってましたよ。ついでに芋を投げ込んで焼き芋。皮が焦げて硬くてねえ」
「でもここは暖房が効いているので、暖かいでしょ」
「そうですなあ。コートを脱がないと焼き芋です。でも外に出ると、コートを着ていても寒い」
「ここはいいですねえ。常春です」
「やはり春が過ごしやすいのでしょうなあ」
「そうですね」
「でも春は眠くなります。季候が良いとね。春の入口あたりが程良いです。それほど寒くありませんからね。頭もしっかりとしています。暑いと頭もダレます。まあ、その方がいいのですがね」
「このあと、どうされます。そのまま出掛けますか」
「いやいや、ここまで来るだけで一杯一杯なので」
「そうですか。私は初詣に行きます」
「正月なんて、もうかなりすぎていますよ」
「今年、初めて参るので、初詣です」
「ああ、でもまだ一月。これは正月の月ですから、まあ、遅くはありませんな」
「正月三が日は混雑していますしね。四日目でもまだ人が多い。今日あたりが丁度です。しかし、誰もいない神社なので、本当は関係はないのですがね」
「誰も来ないのですか」
「そうです」
「神社でしょ。いくら小さくても、近所の人ぐらいはお参りに来るでしょ」
「いや、神社とは分からない。そんな建物はありません。祠もありません」
「でも、どうしてそれが神社だと分かったのですか」
「注連縄ですよ」
「あの藁の紐ですか」
「木の切り株に回してあるんです」
「じゃ、神社ではなく、神木ですなあ」
「そうです。神社の境内なんかにもありますが、そこの神木、それしかないのです」
「切り株ですか」
「相当な太さです。だから巨木だったのでしょうねえ」
「でも注連縄を巻く人がいるのですから、それなりに知られているんじゃないですか」
「そうですねえ。でも初詣としてはねえ」
「あなた、そんなものを信仰しているのですか」
「いやいや、素朴でいいので」
「願い事をすれば、すいているので、効きそうですねえ。神様も暇そうにしてそうですし」
「いや、願い事はしません」
「お賽銭は」
「賽銭箱がありません。でも根本に一円玉が落ちていたりしますから、お参りする人もいるんでしょう」
「それを見に行くだけの初詣ですか」
「そうです。凝ったことはしません。ちらっと見ただけで、戻ります」
「そんなところで初詣、これって、かなり凝ってますよ」
「そうですねえ」
 
   了

 


 


2023年1月13日

 

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