小説 川崎サイト

 

惰性

 
 前日の続き。昨日の続きをやる。これは安定している。ただし、昨日、それなりにうまくいった場合だ。
 昨日、厳しければ、今日は違う方法を考えたりするだろう。しかし、我慢してやればやれないことはない。
 ダメージの程合いが分かっているので、その程度で済めば、まあいいかとなる。しかし、できれば違うことがしたい。それは一寸した冒険。
 だが、冒険ではなく、かなり安易なことに落とせば、昨日よりは楽。しかし、成果はあまり期待出来ないし、以前よくやっていたことなら、それ以上の伸び代がないことも分かっている。
 さて、どうするか。
 木下は考えた。昨日はしんどかった。しかし、これをやり遂げないと、先へは進めない。だから、今日もそれをやり、少しでも先へと進みたい。
 では、その先に何があるのか。実はそれも冒険で、期待はしているが、どういう結果になるのかは分からない。だから過程にしか過ぎないが、その過程の方が実は多い。
 それで、過程を楽しむようにしたのだが、昨日は楽しめなかった。悪路だ。
 楽な道もあるのだが、過程は楽で楽しめるが、なぜか物足りなさもある。越える山が低すぎて、頼りない。少しは歯応えではないが、足応えが欲しい。一寸足が重く、痛くなる程度の。
 実は、それを昨日やっていたのだ。歯応えがあった。これは一寸苦しいので、歯ではなく、足に来た。
 昨日はしんどかったが、今日はそのしんどさにも少しは慣れているだろう。そして明日になれば、少しはましになる。
 だから、続けた方がいい。分かっている苦しさなので、これは安定している。未知ではない。昨日やっていたのだから。
 しかし、たまには気晴らしも必要で、昨日とは違うことを少しはやってみたいと思う。思っているだけで、なかなか実行出来ないのは、いつものことをやる方がやりやすいため。惰性のようなもの。だから惰力がある。
 これは後ろから押してくれるようなもの。あまり考えなくてもいい。惰性とは癖のようなもの。慣れてくると、そればかりやるようなもの。やり癖ができる。
 それは木下の事情も反映している。なし崩し的にそうなったような。これは過去からの積み重ねで、そちらへ進むのが自然な感じになる。
 頭でしっかりと考えたわけではなく、体がそのように動いてしまうとか、気分的にそちらへと傾くとかで、基本ベースから押し出されている感じ。
 だから、昨日はしんどかったので、同じことを今日はしたくないが、やはり引っ張られてしまう。つまり昨日の続きへと。
 これはしんどいことが分かっているので、避けたいはずだが、慣れたしんどさなので、何とかなるのだろう。そのうちよくなると。
 この木下の惰性。いつの間にかベースになっている。
 惰性は本性ではない。生まれながらの性格のようなものもあるが、それは傾向。その後、その生まれつきのものの上に経験とかが付け加えられるのだろう。
 ただの惰性、ただの癖なのだが、これが本流かもしれないと、木下は勝手に解釈し、昨日と同じことを今日もやることにした。
 しかし、この癖、それなりに修正されたり、改良が加えられるようだ。
 
   了

 


2023年1月19日

 

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