小説 川崎サイト

 

知らんがな

 
 梅が峰に老師がいる、年を取った先生だ。色々なことを知っており、見識も高く、知恵もある。
 しかし、今は年をとりすぎたのか、梅が峰の庵から殆ど出ない。季候の良い土地で、陽当たりのいい山際という感じ。
 そのため、庵周辺を軽く散策する程度。ここも世間の内だが、人が行き交う場所ではない。花が咲き虫や鳥を見ている程度。当然遠くの山や空は見え方が変わるので、それだけでも飽きないようだ。
 城下からたまに人が訪ねて来る。老師から教えを請うため。しかし、そういう会のようなものがあるわけではなく、また弟子などもいない。
「先生は何が楽しみで生きていますか」
 この青年。人生とは楽しむものだと思っているのか、または、楽しみを見出すにはどうすればいいのかを聞きたいのだろう。気楽だ。
「苦しくなければそれでよろしい。ただ、痛いのは困るのう」
「何処が痛いところでも」
「年をとるとあちこち痛くなる。激痛でなければ何とかなるがな」
「先生は諸国をめぐり、色々なことを経験されたと聞きます。そういうものは役立つものですか」
「今は立たんが懐かしい。思い出としてな」
「私はこれから諸国行脚に出るのですが、何か助言はありますか」
「何もないよ」
「はい。世間をよく見て参ります」
「そうじゃな。若いうちはそれがよろしい」
「先生はずっとここに籠もりっきりですか」
「そうじゃな」
「また、旅に出たいとはお思いにならないのですか」
「もう充分すぎるほど旅をした。今はそれを思い出しているだけでいい」
「そうなのですか」
「ここでじっとしておるようでも、旅に出ておるようなもの。ただ、思い出しているだけじゃがな」
「お城の方々は塾を開いて欲しいと言ってます。殿様も聞きたいと言っておられるとか」
「話すようなことは何もない」
「でも、教えを請いたいのです」
「誰でも知っておることを言うだけなので、聞く必要もなかろう」
「しかし老師と呼ばれているのですから」
「そういう風貌だからさ」
「はあ」
「中は何も詰まっておらん。世間でよくある話しか入っておらんでな」
「隠しておられる。この世が何であるか、人とは何であるか、生きるとはどういうことかを」
「知らんがな」
「がな?」
 
   了


2023年1月29日

 

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