小説 川崎サイト

 

指魔物語

 
 村寺におかしな坊主がいる。坊主がおかしいのではなく、おかしな人が坊主になった。
 村寺としては結構大きい。そのため、何人もの僧侶がいる。おかしな坊主はその中の一人。実は大檀家、大檀那の縁者で、おかしなことをよく言うので、寺に預けられた。そして、そのまま僧侶になった。
 山門内にいる限り、世間に出るよりも、ましだろうという配慮。つまり、ややこしい人でもお寺の中で暮らす限り、それほど目立たない。
 それに、このおかしな坊主、人当たりもよく、暴れたりしない。ただ、言っていることが妙なので、世間では通じにくいだろう。
 このおかしな坊主、まるで悟ったようなことも言うし、また怪しげなものを見たとか、知っているとか、さらに世の中は実はこういう感じで存在しているのだとか、一寸浮き世離れしている。
 普通に暮らしている人にとり、あまり関係のない話。たまにそういう世界に触れる程度だが、これは祭りのようなもの。
 死後の世界がどうのとかは、それはあるものとして寺では扱っている。だから、色々と行事もあるのだろう。高い戒名代とかも。
 この寺は村寺なので、良心的。型通り弔う程度で、これをしないと、亡くなった人の縁者などが落ち着かない。
 この坊主、そういった実用的なことではなく、この世の始まりとかを言い出す。スケールが大きい。
 また死者と話したとか見たなら分かるが、化け物を見ている。ここが一寸妙なので、おかしなことを言う坊主とされる。
 これは坊主だから言うのではなく、幼い頃からそんな言動が多い。また本当に体験したと言っている。こういう子供は仏におすがりすれば、治るのではないかと親は思ったのだが、寺に入れても一向に治らない。
 そのうち、そういう冗談を言うお坊さんだと思われるようになり、それなりに認められた。要するに僧侶の中には変な人もいる程度に。
 言っていることは逸脱しているが、本人は僧侶の務めを一応やっており、支障はない。お勤めで問題を起こすようなことはない。
 人差し指と中指を一寸開いたときの隙間。そこを見るともなく見ると、向こう側のものが見えるのではなく、違うものが見えるらしい。
 その指の形で、人の顔を見ると、その人の実態が浮かび上がるらしい。それは獣だったりするということではない。
 そして実際には像は結んでいない。頭の中で見ているようなもの。幻覚といえばそれまでだが、それらしきものが見えるらしい。さらに人差し指と中指を隙間を狭めると、拡大するらしい。
 しかし、そういうものが見えるだけで、世間との繋がりはない。だから、見ているだけ。
 そういった話を集めたのが、指間物語。後に指魔物語として世に出たのだが、殆ど売れなかったようだ。
 
   了


2023年1月31日

 

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