小説 川崎サイト

 

感情

 
「泣き顔になったから悲しいと感じるのであって、悲しいから泣くのではありません。まあ、そう言う話があるのですが、どう思いますか」
「はあ」
「どう思われますか」
「どっちでも良いでしょ。それに悲しいことが起きないようにする方が」
「そうですね。これは昔、言われていたことなのですが、最近はどうなっているのかは私は知りません。どっちが先かと言うことです」
「でも、悲しいから泣いたり、悲しい感情が先に起こるのでしょ。その方が分かりやすいのですが」
「問題はその感情のメカニズムなのです」
「そんなこと知っても悲しいときは悲しいでしょ。一つですよ」
「感情に先立つ前に体が動いているのです。表情の場合は顔の筋肉とか、その他、諸々の器官が同時に動いているのです」
「それに気付いて、ああ、悲しいと感じるわけですか」
「そういう説が昔ありました。古い時代じゃないですよ」
「それって、反射じゃないですか。急に人が怖い顔をすると、反射的に身構えたり、表情も変わるでしょ」
「そのとき、感情はあとでしょ。先ずは体がそれなりに動く。この動きを感じて、感情が発生する」
「でも、その時は感情などいらないのではないのですか。反射的な動きなので」
「いえ」
「しかし、それって、使えないですよ」
「だから、そう言う話もあるってことです。作り笑いをすると、気持ちも穏やかになる。そういう感情が生まれるのです」
「一人芝居ですね。でも悲しいことに気付くのは感情でしょ。これから走りに出ようとするとき、先に体が動いて走り出さないでしょ。走りたいという感情がなければ、走りに行かないでしょ」
「そうとも言えませんが、まあ、いいでしょ」
「でも、インパクトはありますねえ。その説」
「そうでしょ。そのように観察してみて下さい。そういう事って、たまにあるはずです」
「まあ、動き出せば、その気になり、その感情になることもありますがね」
「そうでしょ」
「でも、役に立ちません。悲しいときは悲しいでしょ。楽しいときは楽しいでしょ。楽しい振りをすれば感情も楽しくなりますが、知ってますよね。これは芝居だと、だから別に楽しいことなど起こっていないことを」
「その姿勢が大事なのです」
「姿勢だけですか。別に良い事が起こるわけじゃない」
「引き寄せます」
「磁石か」
「そう感情的にならないで下さい」
「苛つきます。その説。この感情、何処から来るのですか。あなたの話を聞いて起こった感情ですよ」
「それに対しての解説もあるのですが、もうよしておきます。一寸暇潰しで、そういう話題をしただけなので」
「冗談でしたか」
「はい、私もちらっと聞いただけの話なので」
「冗談にしては笑えませんでした」
「そう感情的にならないで下さい」
「はあっ?」
 
   了



2023年2月2日

 

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