小説 川崎サイト

 

調子の悪い本

 
 今村はその日、朝から調子が悪い。体を壊して体調が悪いわけではないが、いつも通りにはいかない。一寸調子や様子が違う。
 それは今村のせいではなく、タイミングが悪かったり、また出掛けたのはいいが、途中で忘れ物を思い出し、取りに帰り、それを持ち出そうとしたとき、別のものが放置されたままなので、それを片付け、その片付けものの中に古い文庫本が見付かる。
 これは引き出しを開けて、その箱ごと取り出し、一度全部出したのだろう。昨夜のことだ。そのまま放置していた。
 本棚ではなく、引き出しに小物と一緒に入っていた。入れた覚えがあるように気もするが、タイトルを見ると、それほど興味を引くものではなかったので、大事な本ではないのだろう。ペラッとめくったが、読んだ形跡がない。しかし、本は傷んでいる。
 これは古書店で買ったためだろう。このタイプなら百円ほどかもしれない。
 どうして、この本を買ったのかを、忘れ物を鞄に入れて、出る時に思った。
 古本屋の店先で、文庫本が並んでおり、何があるのかと見ていたとき、旧友に肩を叩かれた。通りに面しているためだろう。
 あまり話したくない旧友で、だから、旧友とした。つまり、もう関係していない。付き合いきれないためだ。
 それで、その旧友、何か言いかけたので、これは会話になると思い、手にしていた文庫本をそのまま持って奥のレジへと向かった。
 流石に旧友は追いかけてこない。要するに今村は逃げたのだ。その本が引き出しの本。本棚に並べるべきだが、好みではないし、その趣味ではない。だから除外するため、引き出しに一時的に仕舞ったのだろう。
 まだ読んでいないので、捨てるには惜しい。自分で選んだ本ではないが、偶然手にして中を見ようとした程度だが、これは読んでみなければ分からないだろう。
 しかし、あまり興味のないジャンル。普段なら買わない。しかし、そういう本にも手を出してもいいのではないかと考えた。無作為に近いが、良い発見があるかもしれないし、一寸違うタイプの本を読むのも良いだろうという気もあった。
 さて、そういう話ではない。忘れ物をしたり、信号があと一歩で赤になったりとか、その日は調子が悪い。その悪さが続いた。
 一つ一つは問題になるようなことではないのだが、出る時は晴れていたのに、曇りだし、そのうちぱらっと来た。
 また用事のある店へ行くと臨時休業。今村が原因ではない。
 調子の悪さは連鎖するようで、体調まで悪くなったのか、一寸熱っぽいし、動きも緩慢になってきた。風邪の引き始めかもしれない。
 その日は、まだまだ調子の悪い出来事が起こるのだが、やっと寝る前まで来た。一日はこれで終わる。
 また、夕方、米を洗い、電気炊飯器にセットしたまではよかったが、スイッチを入れるのを忘れていた。これが、おそらくその日の最後の調子の悪さだろう。
 それで困るわけではないが、スイッチが入っていないことで、夕食が一時間ほど遅れた。
 色々あったが、もう一日が終わる。最後の最後まで何が起こるかは分からないが。
 それで、風邪っぽかったが、違っていたようで、夕食を食べると、元気になっていた。
 そして寝る手前、あの本のことが気になった。引き出しに戻したのだが、もう一度、その本のタイトルを確認した。
 そのタイトル。
 今村は、それを見るなり、ゴミ箱に捨てた。
 
   了


2023年2月4日

 

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