小説 川崎サイト

 

美しい言葉

川崎ゆきお



「人は人によって生かされているものでしょうか」
「妥当な意見じゃな。それをどこで得た」
「いろいろな場所で得ました」
「人は一人では生きられぬ。他人様と関係しながら生きておるのじゃ。生かされておると申してもいい」
「それそれ、それです」
「それがどうかしたか?」
「その逆の話はあまり聞かないのですが」
「何が?」
「ですから、人は一人で生きている…とかです」
「それは自明のことじゃから、わざわざ語る必要はないのだ」
「じゃ、やはり人は一人で生きていくものなのですね」
「じゃからだ。生かされて生きておるのじゃ」
「そこが分かりません」
「一人では何もできんじゃろ。誰かのお世話になる」
「あまり世話にはなりたくないのですが」
「それでは生きにくかろう」
「最近、人が離れていきます」
「そうなのか」
「はい。それで、不安になってきました。一人では生きられないのでしたら、一人減る度に、生きぬくくなるのではないでしょうか」
「質の問題じゃよ」
「では、減ってもいいのですね」
「君を必要とする人間がいるじゃろう」
「はい。います。まだ残っていますが、僕じゃなくてもいいのではないかとも思えるのです。他の人でもかまわないと。それでもっと有利な相手にいってしまったのではないかと」
「君の場合はどうじゃ」
「何がです?」
「君は誰を必要としておる」
「あまり必要とはしていません」
「ほう」
「ですから、一人でも生きていけるのではないかと思うのです」
「人間は元々一人なのじゃ」
「そうでしょ。だったら、どうして人は人によって生かされているとか言うのでしょう」
「君がはいておる靴は、人が作ったものじゃ」
「この靴は買いました。作った人や売っている人にはお金を払ったはずです。施しを受けたわけではありません」
「まあ、そう言うな」
「やはり、うまく生きるために、人を利用しているんじゃないですか」
「それを言うな。美しさがなくなるではないか」
「人と人は取引をやって生きているのではないのですか」
「分かった。君は取引に失敗したんじゃな」
「はい、そう言われたほうが納得できます」
 
   了


2007年11月25日

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