小説 川崎サイト

 

留守の魔

 
 島田はその日の昼食後も、決まったように散歩に出掛けるが、これはパン屋へ行くため。
 その時間なら行列は出来ていないが、いいものは残っていない。人気商品は朝の行列に並ばないと手に入らないが、たまに昼過ぎでも残っていたりする。
 たまにそれを買う機会を得るのだが、人気と島田との相性が悪いのか、それほどいいものだとは思わなかったが、それでも他のパンと少し違う。
 餅のような食感だが、サクサクしており、粘りがあるはずなのに、ない。これは生地で勝負しているのだろう。
 しかし、島田は普通の食パンか、コッペパンでいい。アンパンやジャムパン、クリームパンよりも。それらはおやつだと思っている。島田が欲しいのは朝食用。ご飯の代わりにパンというだけ。
 しかし、何かあったのか、臨時休業で休みらしい。厨房のメンテナンスと貼り紙にある。パンが焼けなくなったのだろう。故障。
 朝に食べるパンを昼に買う。夕方、別の店で買ってもいいのだ。しかし、ここで買うのが日課になっており、たまに特別上等な食パンが残っていることもある。
 だから、それを楽しみにしているのだが、まだ買えていない。人気商品は殆ど昼には絶滅。
 パン屋に寄ったあと、喫茶店で本を読むのだが、これも日課。パン屋の近くにある。
 しかし、休みが続く。その喫茶店も休んでいるのだ。二店揃って休み。ないことはないが、今までそんなことは一度もない。
 先ほどのパン屋も定休日以外は開いている。臨時休業は始めて。喫茶店の方は年に一度か二度ほど、開いていない日があるので、偶然、その日と重なったのだろう。
 臨時なので、それがいつなのかは分からない。また。昨日も行ったのだが、休む気配はなかった。貼り紙も。
 それで、昼食後の散歩コースの予定が狂ってしまう。
 その喫茶店で小一時間ほど過ごすのだが、それを飛ばして、戻ることにした。散歩といってもパン屋へ行くまでの道とか、そこから喫茶店までの道、そして帰りの道を歩く程度。
 戻ってみると小一時間ほど早い。ドアを開け、靴を脱ぎ、廊下の途中にあるトイレに入り、そしてリビングのドアを開ける。
 島田は部屋を間違えたのではないかと思った。他所の部屋に侵入したのかと。
 しかし、鍵は開いた。それに、靴脱ぎ場に置いてある家具は最初からあるものだが、その上に飾ってある造花は島田のものだ。引越祝いで貰ったのをそのまま置いている。
 しかし、誰だろう。リビングにいる人は。合鍵を持っている人間はいない。
 ソファーに座っている人の後ろ姿。背中は見えず、後頭部だけ見える。男性だろう。
 島田は見間違えたのではないかと、もう一度リビングのドアを開ける。ソファーがあり、後頭部が見えている。それは後頭部ではなく、何かを置いたのかもしれない。
 しかし、どう見ても、人の後頭部。耳も見えている。だが、それならドアが開く音や、島田が真後ろにいる気配ぐらいは分かるはずなので、動きがあって当然。しかし、微動だにしない。
 下田はゆっくりとリビングに入り、その正体を確認するため、回り込もうとした。そこからなら横顔が見えるだろう。だが、誰だろう。思い当たる人などいない。
 鍵を持っているのは島田だけ。管理室にもあるかもしれないが、非常用だろう。
 そして横顔を確認した。男は眠っているようだ。
 何処かで見た覚えはあるが、思い出せない。そして正面に回った瞬間、息をのんだ。
 島田が見たのは島田だった。
 流石にそのもう一人の島田、島田の息遣いを感じたのか、目を覚ました。
 目が合った瞬間、島田は怖くなり、部屋から飛び出した。
 そして、そのへんをわけもなく歩いた。気が転倒しているのだ。それが落ち着くまで。
 そして、何がどうなったのかを確認することにした。
 答えは出ない。
 しかし、怖くても戻るしかない。話せば分かるかもしれない。何せ、もう一人の自分なのだから。
 そして、しばらくしてから、部屋に戻った。
 リビングのドアを開けるとソファーだけが見えた。
 もう一人の島田は消えていた。
 ふと時計を見ると、島田がいつも散歩から戻って来る時間と同じだった。
 
   了
  
 


2023年2月24日

 

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