暖
川崎ゆきお
「荒れてるなあ……やる気がないと見たぞ、この田圃。刈り取った跡からまた芽が出てきて、そのままや。もう季節は冬やぞ。なんぼ暖冬でも、稲は実らんぞ」 錆び付いているのか、酷いノイズ音を立てながら、男はペダルを踏み、喋っている。 「わしが百姓やったら、こんなに荒さんぞ。やる気がないねんやったら、わしが耕して冬野菜育ててもええけどな」 声を出しての独り言だ。 「世間はわしの実力を知らん。わしが動けばや、この領地はわしの領地になる。ここで兵を養い。隣村に攻め込む。それは実りの秋を狙っての挙兵や」 男がイメージしている世界は分からなくはない。 男が乗っているのは錆びた24インチのママチャリではなく、軍馬なのだ。 「この川を渡れば敵国」 男は農水路を指差す。 「若き時代、幾度この川を渡り、攻め込んだか。あれは青春の日々じゃった」 男は既に渦中にいる。 「藏衛門、追撃せよ。敵将の首、わしに差し出せい」 男は一族郎党の中にいるのだろう。 「攻めい攻めい! 恩賞は取り放題ぞ」 自転車のスピードが上がる。 「天下じゃ、天下を取る日も近いぞ」 男は猛烈なスピードで自転車を走らせた。 田圃の前をあっと言う間に通り抜け、住宅地の中に突っ込んで行く。 木枯らしがヒューと吹く。 独り言男は熱演し、身体を暖めたのだろう。 私も男の後を追いながら、ナレーションを語り続けた。 了 2004年12月16日 |