小説 川崎サイト

 

簡単なこと

 
 簡単なことなのだが、それが出来ないことがある。簡単なので、すぐに出来るはず。溝内は毎日それをやっているのだが、ピタリとそれが止まってしまった。体が動かなくなったわけではない。
 そのことだけが出来ないのだ。それでスケジュールが止まってしまう。それを飛ばせばいいし、またそれほど支障はない。毎日出来るような簡単なことなので。
 しかし、動けば勝手に出来てしまうことではない。買い物などは行けばいいだけ。
 ところが頭が動かない。動いているのだが、そのことに関して動かない。ちょうど白紙の紙に絵を書くようなもので、その絵は何でもかまわない。自由に書いていい。簡単なことだ。落書きでもいいのだ。
 しかし、簡単であるはずのことが、実はそうではなく、かなり難しいような気がした。溝内は毎日簡単にそれをやっていたのだから、不思議。
 それに簡単なことなので、すぐにでも出来るはず。
 つまり、簡単すぎて、当たり前のように出来るはずが当たり前ではなく、簡単には行かないことに気付いた。それは、一寸段取りが違ったためだろう。
 いつも果たしている日課のようなものだが、順番がある。それが少し狂った。
 簡単なものが簡単に行かないのは、意識してやろうとしたため。それに、その日はあまり元気がなく、やる気も弱かったのだが、そんな日でも簡単なので出来たのだ。
 簡単なことほど難しいとか、当たり前のことほど難しいという言葉が遠くの方から聞こえてきた。誰かが遠くから教えてくれているわけではなく、記憶の中から。
 ああ、そういうことを、誰かが言ってたのかと溝内は思い出した。
 白紙の紙、何もないところから何かを生み出す。書き始める。これが本当は簡単そうで、良く考えると難しいのかもしれない。
 ただ、溝内はそう感じたことは殆どなく、難しいとは思っていなかった。だから、毎日簡単にそれをやっていた。
 段取りの狂い。これが大きい。いつもの状態ではなく、一寸違う。それで勘が狂ったのかもしれない。
 しかし、本来、溝内にとっては簡単なことなので、簡単に出来るはずだと、止まった状態のとき、そう考えた。
 簡単なはずなのだ。ここで理由を考え出すと、もの凄く難しい穴を掘り出すことになる。簡単なものがますます難しくなるのだ。
 結果は、出来た。
 難しいものだと思わなければ、簡単に出来た。それにやはり、これは簡単なことなので出来たのだろう。すると、簡単なことほど難しいが四散した。
 
   了

 


2023年3月8日

 

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