小説 川崎サイト

 

岸部の仮説

 
 このまま春になるのかと岸部は思っていたのだが、急に寒くなった。雨が降ったあとだ。ひと雨ごとに暖かくなる雨ではなかったらしい。
 それで気温がガタッと下がり、冬に戻された。岸部はそれで調子を崩した。忘れていた寒さ。もう来ないと思っていた寒さ。その風に当たったためだろう。
 それで春へ向かう調子の良さから踏み外したのか、気持ちも沈みがち。しかし、暖かいところにいると、それほどでもない。勝手なものだ。
 春に何か良いことがあるわけではないが、気分的な盛り上がりがあった。それが下がった。
 しかし、何を期待していたのだろう。ただ温度が上がるので過ごしやすくなるだけではないだろう。何か有為なことが待っていないと。
 岸部にはそれがなかったが、可能性はある。一寸下調べをしており、それがいい具合に進んでいる。これが進めれば、長年考えていたことが解決するような。
 そうでなくても、可能性が高い。つまり、上手く纏まるのだ。そういう研究を岸部はやっているのだが、もう現場から離れ、ただの暇潰しになっているが、一応ライフワークとしてやり続けている。
 寒の戻りで調子を崩し、その影響が出ているのかもしれない。そんなことが研究に影響するのなら、大したことはしていないことになる。やはりこれは暇潰しの可能性が大。
 ただ、それをやめると、芯がなくなる。メインがなくなる。だから、芯、柱が欲しい。
 ただ、その界隈では岸部の仮説は相手にされていない。妄想に近いためだろう。子供が考えるような説だ。
 その仮説、実は岸部が子供の頃に考えたもので、大人になると、当然そこから離れた。何も知らない子供だからそんなことを思い付いたのだろう。
 それで長い間、その仮説はお蔵入りしていた。というよりも蔵にさえ入れていなかった。
 ところが退職する寸前、その説を唱えだした。大した研究成果もないまま退職するよりも、何か一つでもいいから岸部らしい論文を書きたかったのだろう。どうせ、すぐにおさらばする世界だし。
 そして、退職後、フリーになり、その仮説をライフワークにし、暇な時、コツコツと周辺を詰めていった。それは殆ど隠居仕事で、それほど熱心にはやっていない。
 その仮説、無理があることは最初から分かっていたので、その完成が目的ではなく、やることがあるのが目的。そのため、仮説の進展はどうでもよかったのだ。
 ところが最近、俄に神妙性が出てきた。他の分野からの影響も大きい。
 ところが、寒の戻りで、調子が狂う。冷たい風に吹かれ、冷静になったのだろうか。または一人で盛り上がっていたことなので、ひとりでに熱も下がったりしそうだ。
 しかし、寒の戻りは二日ほどで、そのあと、春の進み具合が早くなった。それで調子も戻った。
 岸部の仮説。実は、そう言うことに近い説だった。
 まったく無関係なものがスイッチになっているとかだ。
 
   了

 


2023年3月16日

 

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