小説 川崎サイト

 

意識病

 
「自分は何処にいるんでしょうねえ。朝、起きたときなんですが」
「寝床のある部屋だろ」
「その場所じゃなく、意識の中の自分です」
「君は意識の中に自分がいるのか」
「そうです。意識しないと、自分はいませんから」
「その時の君は誰だ」
「僕のはずです。考えなくても。でもわざわざ自分を確認するほどのことじゃないでしょ。そこにいるだけなら。たまに自分の名前を書くとき、漢字を忘れてしまいます。意識しながら書くと、こんな字だったかなあと疑ったりします。さっと書けば簡単に書けますが」
「じゃ、意識しなくても君の名前は書けるんだ」
「何度も書いていますからね。もう文字か何か分からないですよ。でもゆっくりと丁寧に書くと、一寸違いますがね」
「それで、何が問題なんだ」
「自分は何処にいるんでしょうねえ。部屋の中じゃなく、今日はあれをするとか、また今日は何日か、曜日は何だったのかと。それと自分の置かれている状態があるでしょ。正座しているとかじゃなく、社会的に。世間的に。まあ、ポジションのようなものです」
「自分探しかね」
「探さなくても、ここにいますので、その必要はありませんが、一体今の自分はどのあたりにいるんだろうかと考えることがあるんです。そんな大層なことじゃなく、今日は今日でやることがあるわけです。まあ、同じことの繰り返しですが、それに乗っている、その乗り方が自分なのかと」
「やはり自分探しじゃないか」
「探していません。しかし、どうやら、自分の存在というのが何となく見えているのです」
「意識とか、存在とか、あまり使わないがね」
「はい、そのレベルの話じゃないのですが、時々、また自分をやっていると思うことがあるのです」
「役者か」
「いえ、リアルです」
「何かよく分からんが、職場にそう言う話を持ち出すな。関係ないだろ」
「他者との関係がですねえ」
「今度は他者か。私のことか」
「いえ、僕以外の人間のことです」
「それで何が言いたいのだ」
「あ、忘れました」
「頼りないなあ。君はそんなことを言い出す人間だったか。少し変わったんじゃないのか」
「意識しすぎて、そうなったのかもしれません」
「意識病だな」
「先輩は、そんなことはありませんか」
「あったとしても、恥ずかしくて、そんな話などできるか」
「あ、僕が繊細すぎました」
「じゃ、私は鈍いのか」
「いえいえ」
 
   了


2023年3月21日

 

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