小説 川崎サイト

 

雨桜見

 
 桜が咲き出し、ますます春めく。しかし、その日は雨で花見などしている人はいない。それに蕾の方が多く、咲いている花びらはまばら。
 だから、ちらほら咲きだろう。淡い桜色の塊は、そのボリュームがなく、枝や幹は雨に濡れ、黒っぽく露出しており、花よりも幹や枝を見るような感じ。
 木下は出先で桜が咲いているところを通った。花見の名所ではないが、下にベンチがあり、休憩できる。花見客で賑わう頃は、そのベンチ、取り合いだろう。しかし、そのベンチも雨で濡れている。
 桜は小さな川沿いに咲いており、当然植えたもの。規模は小さく、近所の人しか見に来ないだろう。木下は偶然そのエリアに入り、そんな隠れ花見のスポットがあることを知る。
 一寸入り込んだところなので、用がなければ入り込まないような道。幹線道路はそこからはかなり離れており、裏道らしきものもない。
 そのエリアに木下は用事があるので、そこを通ったのだが、誰も見ていない桜が気になる。木下がいる場所には人はいない。たまに見かけるが、その先に用事がある人は希だろう。
 一寸した研究所がある。木下はそこに書類を届けに行く。それと言付けもあるし、また書類の説明も必要。
 その通路、一寸高いところにある。二階スペースと二階スペースを渡る橋。下は川。そのため見晴らしがいい。咲いている桜よりも高いところにいる。
 珍しい眺めなので、少しの間、立ち止まっていた。
 ベンチに座っている人は濡れるので、当然いないが、ビニール傘が大輪のように咲いている。
 桜の木の下でその傘は咲いており、じっとしている。動かない。
 ああ、これが噂に聞く雨桜かと、木下はすぐに分かった。そういう人がいることは知っているが、今、下にいる人がその人なのか、それを真似ている人なのか。
 雨の中、傘を差し、じっと桜の花見。立っているだけ。そして立ち禅に近い。同じ姿勢で、じっと桜を見ている。
 これは一種の行だろうと言われており、その流派があるらしい。滝行ではなく、桜行。しかしやっていることは花見。それにしては静か。動きがない。
 瞑想か妄想中かもしれない。これが落ち着くようだ。
 その家元がいたのだが、雨桜見をやる人が増え、雨梅見に変えたりしたが、最近、その人の噂は聞かない。引退したのではないかと言われている。
 このエリアでは、まだ雨桜の行をやっている人は少ないのか、または知られていないのか、ただ一人での花見が可能。初代の家元が理想としていた行場だが、流行りすぎて人が多くなりすぎたのだ。
 しかし、ここは知られていないのか、静か。
 木下は雨桜見をしている人をさらに上から見る。桜ではなく、その行者を見る。
 
   了


2023年3月25日

 

小説 川崎サイト