小説 川崎サイト

 

桜の道

 
 満開の桜並木。上田はその下を歩いている、桜には興味はない。いつも通る歩道なので、通っているだけ。
 しかし、見事な桜並木なので、それを目当てに歩いている散歩者がいる。複数だ。普段は見かけない。
 その分、歩道に人が多い。いつもなら歩道に誰もいないときがあるほど。それほど車も人も、そこをあまり通っていない場所なのだ。
 高架が走っており、その左右に車道と歩道。高架が出来てから出来た道。当然、上の高架がメインで、下の道はおまけ。そのため、必要性の少ない道。近所の人にとっては便利だが、始終外に出ているわけではない。
 上田が毎日、そこを通るのは仕事場への近道のため。
 しかし、今日はまるで花見の人のように思われたりする。カジュアルな服装のためだ。
 そして満開の桜。嫌でも目に入る。まるで花道。舞台としては春そのもの。上田も満更悪い気はしないが、この派手さが嫌なのだ。なぜか賑々しい。それにこれから嫌な仕事場で嫌な仕事をしないといけない。だから途中の道は地味な方がいい。
 実際には普段は地味だ。しかし、桜が咲く頃だけは派手。
 紅葉シーズンになると再び桜の葉が色付き、派手に見えるが、花ほどではない。これは消えゆく葉、亡び行くものを見る思いなので。
 しかし、今は満開、一番派手な頃。こういう舞台、花の道で思わぬ人と遭遇するもの。まるで取って付けたように。そして無いような偶然。まるでそういう筋書きが最初からあったかのように。
 実際、それが起こった。絵に描いたような風景、そして作ったこと丸出しの人との遭遇話。出来すぎているので、不自然。
 しかし、向こうから来る人はそれに該当する。これが来たか、という感じだ。
 桜の精霊の悪戯だろうか。演出だろうか。そのシナリオを上田は受け取りたくない。既に書き出しを見てしまったが。
 上田は次の枝道に入ろうとした。そこに近付くに従い、その人との距離が近くなる。上田は気付いているが、その人は気付いていない。今なら逃げられる。
 しかし、もう少し進まないと枝道には入れない。
 そこで上田は少し早歩きする。これで気付かれる時間が短くなる。
 そして、無事、枝道に入り、難を避けた。
 そして住宅地の入り組んだ道をくぐり抜け、桜並木が途切れたあたりへ出た。回り道をし、元と道に戻ったのだ。
 桜の精、とんでもない悪戯をする。あの人とここで会えば百年目。そんな感じの人だ。
 しかし、良く考えると、それに該当する人のはずだが、そんな人がいたのだろうかと疑問に思った。再会すると気まずい人はいるが、逃げるほどのことではない。だからそのクラスの人間はいないのだ。
 桜の精がそういうキャラを無理とに拵えて、ポンと前に出したのかもしれない。悪い奴だ。
 上田は少し遅れたが、無事に仕事場に着いた。しかし、なぜか、あのまま真っ直ぐに歩き、あの人と遭遇していた方がよかったのではないかと思った。
 
   了


2023年3月30日

 

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