小説 川崎サイト

 

秘蔵コレクション

 
 田村邸には怪しい噂がある。家老屋敷なので、人が来ることも多いのだが、その時刻が深夜だったりする。そして表からだけではなく、裏門からも。
 また塀を乗り越えて入ってくる者もいる。これは屋敷内の人間には見られたくないのだろう。
 そう言った噂は尾びれがつき、巨鳥が舞い降りてきたとか、影だけのものがさっさっと壁をすり抜けたとか。さらに、大蛇が塀を這い上っていくのを見たとか。
 家老田村十三郎の屋敷だが、一寸妙な位置にいる家老。家老職だが、これといったことは何もしていない。担当がないのだろう。そして登城することは希。
 この時も控えの間とかには入らず、いきなり殿様のいる場所まで庭伝いに行く。当然、そこにも木戸番がいる。田村は、すんなりと、そこを通り抜けることが出来る。既に顔見知りのため。
 殿様から用を頼まれるのだ。それなら側近に頼めばいいのだが、それは困るらしい。田村十三郎は幼い頃から知っており、殿様は懐いていた。誰にも言えないようなことでも田村になら言えた。
 だから、用事とは、それだろう。
 田村を遊ばせているのは、その用事をさせるため。家老などの重臣が集まる評定にも顔を見せないことがある。
 殿様から田村は何を頼まれたのかは一切分からない。田村が直接用を為すこともあるが、遠方だと、誰かを行かせる。その全体像が分からないように細かく分担分けし。
 また、その用を為す者は田村家の人間ではなく、外部に頼むことも多い。
 殿様がたまに田村屋敷に来ることもあるが、表の門からではなく、こっそりと。
 田村家の家来はそれが殿様だとは分からなかったりする。
 田村は殿様の守り役ではなかったが、玩具などで、よく遊んでやった。関節がぐにゃぐにゃの木の人形、木偶の坊とかで。
 このあたりから殿様の悪趣味が始まったのかもしれない。
 やがて、その殿様も代を譲り、大殿となった。そこからはますます田村が活躍した。
 田村家秘蔵コレクションとして、今も、当時のものが並べられている。
 
   了

 


2023年4月6日

 

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