小説 川崎サイト

 

米マーク

川崎ゆきお



 何かよく分からないまま動き出すことがある。
 内容を全く理解していないわけではないが、細かいことも、その全体像も把握していない場合だ。
 よく分からないが、おそらく合っているだろうと思っているだけの状態だ。
「そうだね、一々チェックしていないもんね」
「でも、全然違っていたんだ」
「そりゃ、罠かもしれないよ」
「罠?」
「盲点だよ」
「盲点?」
「視界にあるんだけど、見えていないんだ」
「見えていたんだけどなあ」
「よく見なかったんだろ」
「そんな確認が必要なのかな…て」
「まあ、そうだろうな。自販機でタバコを買う時、釣銭が本当に出るか、ボタンが示している銘柄が本当に出るか…なんてこと、思いながら買わないからね」
「そうでしょ」
「でも、君が契約したサービスは、米印が多かっただろ」
「欄外の小さな文字でしょ」
「そこがメインなんだよ」
「メイン?」
「その契約の本文なんだよ」
「後で読み返すと、オプションを使わないと、ほとんど目的が果たせないことを知った」
「だから、それは罠なんだ」
「そんなふうには思えなかったけど」
「すぐに分かれば罠の意味がないよ。初期設定は安かったんだろ?」
「ああ、このサービスが通常価格の三分の一だからな」
「俺もそのサービスは知ってるが、三分の一はありえない。半額もありえない。そんなことをすると業者は赤字だよ」
「へー、そうなんだ」
「だから、その価格で、そのサービスはありえない」
「インチキなのか」
「オプションが必要だと書かれていたでしょ。だから、インチキじゃない」
「そんなところまで読まないよ」
「そのオプションを全部付けるとやっと使えるシステムになる。だけど、価格は相場より高くなるんだ。三分の一どころか、数割高い商品になってしまう」
「僕は世間知らずだったのか」
「世間って?」
「世の中のことを知らなすぎたんだ」
「それは不可能だよ。世間のことすべて知ってる人っていないだろ」
「でも君はその罠を見抜いた。世間を知っているんだ」
「よくあるトリックじゃないか」
「じゃ、よく分からなくてもいいんだな」
「米マークがやたらと多いこと、価格が安いこと。これだけだよ。俺の判断材料は」
「意外と単純なんだ」
「まあな」
 
   了


2007年12月1日

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