小説 川崎サイト

 

定期観光バス

川崎ゆきお



「昨日まで夏だったのに、今日からは冬だ」
「それは早すぎますねえ」
「あっと言う間じゃ」
「去ってしまうと早いですねえ」
「光陰矢のごとし」
「でも、今は時間がなかなか進みませんねえ」
 二人はツアー旅行で偶然知り合った。
「発車まで、あと十五分」
「まだ、三分しか過ぎていませんなあ」
「この時間の長さはどうしたものかなあ」
「十五分はあっと言うまでしょ。夏から冬は一瞬だったのでしょ?」
「まあそうだが、ひと季節待つより長い」
「発車すると早く感じますよ」
「景色を見ているからな」
「それに急いでいませんし」
「仕事じゃないしね」
「待つと長く感じるものですよ」
「待つだけだからね」
「こうして話していると、すぐですよ」
「だから、話しかけたんだよ」
「でも、どうして遅れているんでしょうね」
「客を待ってるわけではないだろ」
「そうですね。時間どおり発車しますからねえ」
「でも、二十分遅れで発車すると、アナウンスしてましたから、問題ないでしょ」
「発車時刻より二十分遅れ。この二十分は何だろう」
「二十分で解決する遅れでしょ」
「二十分以上待つ必要はないわけか」
「あと十分だ」
「ほら、あっと言う間でしょ」
「説明はなかったね」
「遅れる理由ですか?」
「そうだ」
「何でしょうね」
「説明しにくい内容じゃないかな」
「たとえば?」
「思いつかない」
「でも、定期観光バスが遅れる理由って限られるんじゃないですか」
「まだ、発車していないんだよ。ターミナルの中だ」
「後ろのバス、先に出発しましたよ」
「何だろうね」
「二十分遅れでも問題ないでしょ。旅館に着くのが遅れるだけで」
「そうですね」
 やがてアナウンスがあり、遅れのお詫びが流れた。原因は「事情により」だった。
 そしてバスは発車した。
 
   了


2007年12月2日

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