小説 川崎サイト

 

楽見流

 
「特徴があるのは分かる。しかし、そこを誇張しすぎだ。これ見よがしかのように、そこを見せようとしておる。これを野暮という」
「でも、己の個性を発揮させたいのです。人とは違うものを出したいのです」
「何もせんでも出ておるではないか」
「しかし、それでははっきりとは分かりません」
「困ったのう。まあ、若いうちはそういう気負いがあるもの。そのうち枯れてこようが、いつまで立ってもそれをやっておる年寄りもおるがな。あれは疲れると思うぞ。そちもそうなりたいか」
「若狭先生のことですか」
「特徴のあることをされておるが、いっこうに鳴らん。鳴いておるのだが、鳴き声が五月蠅い。大声や奇妙な声で鳴かれると、聞きとうなくなる。こっそりと鳴いておられるのなら、何かなと思い、耳を澄まそうが」
「それは私には出来ません。地味です」
「世の人は凡作を好む。ありふれたものでいい。大人しいものがいい。そちらの方が飽きん。長持ちする。ずっと見ておると、意外な箇所を発見する。そう言う楽しみが凡作にはある」
「でも、凡作でしょ。世の中では埋もれてしまいます」
「わしはそういうものを好む。何でもないものを好む。特徴のないものを好む」
「どうしてですか」
「疲れんからじゃ」
「はあ」
「楽に見たい」
「それが楽見の極意ですか」
「我、楽見流の極意」
「秘伝でしたか。知りませんでした」
「奥義なので、隠していた」
「言ってもいいのですか」
「そちには力がある。それを落とせばいい案配になろう。その才があるしのう」
「何の才ですか」
「そちが思っておる逆側の才よ」
「と、いいますと」
「力を抜いた凡作が望みではないのかな」
「その逆です」
「逆もまた真なりでな」
「私には凡作が似合っているとでも」
「まあ、そう力んでいる間は無理かな。しかし、そのうち分かるときが来る。その時、思い出すのだ。それが楽見流の極意だったことをな」
「あ、はい」
 
   了

  


2023年4月25日

 

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