小説 川崎サイト

 

調子の悪いとき

 
 調子の悪いときに、調子が良いときでもなかなかやるのが難しいことをする場合がある。
 調子が良いのに出来ないこと。その気分にならないほどのことなので、調子が悪いときなど出来っこない。しかし、そういう気にふとなることもある。
 これは何だろうかと、竹田は考えた。全てがそうではないものの、そういうことがある。
 うんと若い頃でも登るのが厳しい山があるとする。その後、年をとり、体力はもう落ちている。そんなとき、敢えてあの厳しい山に挑戦する。そして登りきる。これに近いのではないかと竹田は思った。それにより自信を得るのだろう。まだまだいけると。
 しかし、調子の悪いときに、敢えて調子の良いときでも躊躇するようなことをやるだろうか。竹田はそれをやったのだが、半ばやけくそだった。
 それは調子の良いときでもなかなか出来なかったので、いつまで立っても放置したまま。いつかやろうと思いながらも果たせない。これはそのまま終わるかもしれないと考えていた。
 一応頭の隅にはあり、予定にもあるのだが、実行しない部類に入りそうな気配だ。
 それは隙間だった。入る隙間が開いた。この隙間とはやろうと思う気持ちの入口。それまで全然起こらなかったのだが、調子の悪いときに、それが起こった。
 ここが不思議だ。そしてすんなりと出来た。長い間の懸案を果たしてようなもの。今まで躊躇していたのだが、その躊躇が調子の悪いときに溶けたのだ。これは逆ではないかと思うので、そこが不自然。
 調子が余程良いときでも出来ないこと。それが出来たのだから、これは何かヒントが隠されているのではないかと邪推した。
「そういうこともあるのでしょうねえ、竹田君」
「だったら、なかなか出来ないものは調子の悪いときにこそ出来るということになりかねませんか」
「かねません」
「そうでしょうねえ。じゃ、何だったのでしょう。それを果たして悪かった調子も回復しました。何かすっきりとして気分です。してやったり感が高いのです。満足を得ました」
「知らない。そんなこと」
「ここは大事なところじゃないのですか。調子が悪いときにこそチャンスがあると」
「普通の調子でもやれる方がいいのですよ」
「まあ、そうなんですが。プレッシャーがかかってまして、出来なかったのです」
「プレッシャーのせいにするのは良くないですよ。竹田君。何でもかんでもそれを理由にしてしまえる。それとか無意識とか潜在意識とかのせいにね」
「そうなんですか。先生にもそう言う意見があったのですね」
「意見と言うほどのことではありませんよ竹田君」
「そうですねえ。結構知ってますねえ。理由が何処にあるのかを。そんな深いところになくて、もの凄い浅瀬にあったりします」
「それを浅はかと言うのですが、まあ、それで動く場合が多いのですよ」
「今日の先生。凄く意見を述べられてますが、どうかしたのですか」
「虫の居所が悪くてね」
「調子が悪いのですか」
「そうです」
「やはり調子の悪いときほど、凄いことが言えるんだ」
「さあね」
 
   了

 

 


2023年5月11日

 

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