リタイア
川崎ゆきお
「あのころのことを覚えているか？」
「ああ」
「儚いものだ」
「思いでは儚い」
「思い出ではなく、君が儚い」
「ああ、もう終わってしまったからな。今は細々と暮らしているよ」
「あのころの勢いはどうした」
「だからもう終わったんだ」
「私はまだ終わっていない」
「らしいな」
「まだ続いている」
「元気で何よりだ」
「そんな愛想が言えるようになったのか」
「俺はもうただの老いぼれだ」
「あのころ、君が言ったことを今でも覚えている」
「何か言ったかな。いろいろ言ったかもしれないなあ」
「本人は覚えていない…か」
「忘れたわけじゃない。もう、思い出しても詮無いことなのでな」
「君はさんざん私に意見した。今も覚えているし、気にしている」
「そうか」
「しかし、君はもういない」
「やめたんだ」
「それは敗北か？」
「興味を失ったんだ」
「じゃ、あのころの鼻息は何だったんだ」
「勢いだよ」
「その勢いが衰えたのか」
「まあ、そうだ」
「君のお陰で、私は苦汁を飲んだ」
「そうだったか。どんな意見をしたんだろうな」
「その当事者の君は先に去った」
「あのころ、何を言ったのかは忘れたが、善かれと思って物申したんだろうな」
「それならリタイアするな」
「いろいろ事情があってな」
「君の意見や行動は間違っていたんだ」
「それとは別だ」
「まあいい。結果的には私が残った。私の勝ちだ。私の考えのほうが正しかったんだ」
「もう、どうでもいいことじゃないか」
「よくはない。私は君の意見をずっと引きずっているんだ。私の中では終わっていないんだ」
「そのうち忘れるさ」
「どうして」
「あんたもどこかでやめる時がくる。やめりゃ、つまらんことだったと思うさ。どうでもいいことになるんだ」
「私は死ぬまで現役だ」
「それを知らないで、再会してしまった」
「どういうことだ」
「もう、引退していると思っていたんだ」
了
2007年12月5日