小説 川崎サイト

 

馬に念仏

 
「人の話を聞きなさい。君はちっとも聞かない。自分のことばかり話している」
「はい、聞きます。そして自分のことではないことも喋るようにしますが、それって、ただの噂話になるのですがね。それでもいいのですか」
「そうじゃなく、目の前にいる人間の話を聞きなさい」
「あ、あなたの話ですね」
「そうだ」
「聞いていますよ。耳はあります」
「右から左だ。聞き流しておるだろ」
「でも聞いていますよ。うわの空じゃありません。何を話しているのか、聞いています。だから、こうして会話になっているのでしょ。ちゃんと聞いていますよ」
「運は人が運んでくる。しっかりと聞いていると、その運を掴むことができる」
「悪いセールスマンの話も聞くのですか。悪い運を運んできているかもしれませんよ」
「だから、そういう対応が駄目なんじゃ。それを揚げ足という。私の伝えたいことはそこではない。それを汲み取る力がいるんだ。まあ、素直に聞けば済むことだがね」
「人の話を何でもかんでも聞いていると、忙しくて仕方がないですよ。そこにいい運があっても」
「人の話を鵜呑みにするな」
「聞き流せばいいのでしょ。だから」
「そうじゃない、聞いた話を吟味する」
「誰が」
「君だよ」
「でもそんなことしなくても、これはまずい話だとすぐに分かるでしょ。聞く前から」
「どう伝えればいい」
「どう聞けばいいのでしょう」
「君は排他的だ。だから良い運が来ても受け取らない」
「運ですか。でも運っていきなり来てしまうのでしょ」
「いや、そうじゃない。運を掴む人間は、より多く人の話を聞き、そこから運を見付け、そして掴むものだ」
「聞かなくてもいいんじゃないですか。あ、この人いい運を運んできていると、分かれば、もう話など聞かなくても」
「君は話を聞くのがいやなのかね」
「分かりきった話をくどくどされると、聞きたくなくなります」
「私の話が、そのくどくどと分かりきった話なのかね」
「いえ、有り難いお話しです。一寸話を展開させますがいいですか」
「何かね。展開とは、まあいい。言ってみなさい」
「運てなんですか」
「困ったことを聞くなあ。そこは聞き流してもいいところなんじゃよ。運は運だ」
「運は決まっているのですか」
「また、ややこしいことを聞く」
「運は掴むものだと、あなたは言いたいわけですね」
「縁を作る。縁を増やす。運とは縁なんじゃ」
「縁はどうしてできるのですか」
「作っていく」
「ああ、よい縁組みで式ですね」
「そうじゃ」
「でも縁ができるもできないも、あるもないも運で決まっているんじゃないのですか」
「だから、縁も運も似たようなもの」
「だから人の話をよく聞けば、縁も運も得られるのですか」
「もう聞かなくてもいい」
「え、いいんですか。今回は丁寧にあなたの話を聞きましが」
「馬に念仏じゃ」
「快く、聞いていたりして」
 
   了


  


2023年5月24日

 

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