小説 川崎サイト

 

月が出ていた

 

 自分が変われば世界も変わるのなら重宝な話で、これは簡単だ。自分が変わるというのは折れると言うことでも可能で、折り合いが悪いとき、相手に変えてもらうよりも、自分が変わった方が早い。それに相手を変えるのは容易ではない。しかし、自分なら殆ど労はない。一瞬だったりする。
 そういうことではなく、吉田は一人ひと宇宙をやっているのだが、これもすぐにぼろが出る。
 月がある。吉田が見ているだけで、吉田だけが認識しているとすれば、他の人は月を知らないのだろうか。
 おそらく知っているだろう。だから吉田だけの世界での月ではない。ただ、月見る月は月々により違う。満ちかけの話だけではなく、月日が経つと、見え方が違ったりする。やや二重に見えたりするのは目が悪くなったためだろう。だから月の見え方はひと様々だが、月はある。
 吉田はまた運命は決まっており、偶然など無く、あらかじめ決まった上を歩いているとなる。しかし、それならシンプルだが、運命は変えられるとも考えている。虫のいい話だ。
 これは運命は同じでも、自分が変われば運命感も変わる。要するに受け取り方が違うことを運命は変えられるといっているだけ。
 確かに自分が変われば、違った運命のように見えるかもしれないが、具体的には相変わらずだろう。
 自分が変わることで、運命も変わるのなら、最初から運命というようなものなどなかったことになる。
 吉田は一人ひと宇宙を信じているわけではないが、そう考える方が楽なため。どう考えても一人であるはずがないし、何処かの人の影響を受ける。その人は他の人にも影響を与えるだろう。
 吉田だけの世界でのその人なら、吉田だけで終わってしまうが、吉田の知らないところでも、その人は動いている。吉田が知っているその人はほんの一部。普段は何をしているのかまでは分からない。
 行き交う人の一人。それも吉田の世界の人だろうか。しかし、その人にも生きてきた色々なことが含まれている。そこまでは知らないだろう。吉田の世界の人でも。
「吉田君、調子のいいことを考えてるねえ」
「いや、一寸した仮説を展開しているだけのことだよ。試しているだけ」
「相変わらず、凝ったことをするねえ。もっと素直にやりなさいな」
「月は見るまではないんだ。見たとき、初めて月として見える」
「え、また訳の分からんことを。でも月を見るとき、どうして月を探すんだ。位置が分からないじゃないか。それに月が出ているとは限らないし」
「まあ、そうだね。言い過ぎた」
「どうしてそんなことを考えるようになったんだい」
「面白そうだし、何か楽そうだから」
「そんなことばかり考えるのも吉田君の運命かもしれんね」
「ああ、早くまともになりたい」
「はいはい、お大事に」
 
   了


  


2023年5月27日

 

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