小説 川崎サイト

 

一寸

 

「一寸違うことがしたいのですが」
「飽きたのかね」
「一寸違うことと言っても、一寸だけでいいのです。だから飽きたわけじゃありません」
「だから一寸とはどれぐらいだ」
「三センチほど」
「ではかなり違うことなら何センチだ」
「三十センチほど」
「意味が分からん。計れることではなかろう」
「三メールなら、もう別のことに近いのです。だから三センチなら、ほんの一寸で、殆ど同じことをやっているようなものです。駄目ですか、一寸だけ違えては」
「何故かね」
「一寸変化を、一寸ずらした方がいいのではないかと思ったのです。実際にそれをやってみましたが、こちらの方がいい。だから、こちらに変えた方がいいのではないかと思いまして」
「一寸変えるだけだろ」
「はい、変えたとは言えないほどの一寸です」
「じゃ、変えてもいい。同じことだろ」
「そうです。殆ど同じです」
「そういうのは別に言わなくてもいい。勝手にやってかまわんよ。大きな変更はないのなら」
「ごく僅かな変更ですが、変えたことには違いはありません。だから一応報告しておこうと」
「それは丁寧でいいのだが、他のことではかなり変えているが、その報告はないぞ」
「三センチ以内ですから、その程度なら無視できる範囲かと思いまして」
「いや、かなりの変更だったぞ。びっくりするほどの。あれはいいのか、言わなくても」
「そんなに変えていませんよ。一寸以下ですから」
「君にはそう見えるが、私が見る限り、大胆な変更だ。大変な変え方だよ。そこはどうなっておるんだ」
「何も」
「何もじゃない。君の尺度がおかしいんじゃないのか。問題はそこにある」
「何処に」
「そこにだ」
「気が付きません」
「問題が発生するのは、問題だと思っていないことでだ」
「問題でしたか」
「まあ、大胆な変更だったが、あまり影響はないし、支障もないので、まあいいだろう」
「気付きませんでした」
「しかし、君の場合、変更が多いねえ。コロコロよく変える。だからもうそんな報告はいらないよ」
「じゃ、勝手にどんどん変えていってもいいのですね。報告なしで」
「ああ、いい」
「どうしてですか」
「何を変えようが、変更しようが、同じようなものだからね」
「同じじゃありません。かなり違います」
「もういい。仕事に戻りなさい」
「あ、はい」
 
   了


2023年6月5日

 

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