小説 川崎サイト

 

都へ

 

 都へ向かう旅人がいる。その前に一人の老人が立ち現れる。そして色々と諭したりする。有り難い話だ。
 若者は捕まってしまった感じだが、その話に聞き惚れる。何と良い話であり、何という知恵の巧みさ、そして優雅ささえある弁舌。
 きっと名のある人だと思うものの、その名を明かさない。ただの老いた人でいいと。しかし、若者から声を掛けたわけではない。老人から進んで声を掛けてきた。そして頼まないのに色々と話してくれる。
 これは話し好きな年寄りかもしれないと思うのだが、その老人も旅姿。僧侶ではなく、修験者でもない。どちらかというと豪農の隠居さんのような感じで、身なりはいい。ただ旅先なので、汚れているが。
 特に足元が。この前に降った雨で道がぬかるんでいたのだろう。その時の泥がついている。若者もついたのだが、水で洗っている。
 若者が都を目指しているのが分かるようだ。若者の身形や年齢から、何となく分かるのかもしれない。それは当たっていた。
 若者は田舎の商家の息子で、都に出て、一旗揚げたい。また都で暮らせるだけの金銭を持っており、一旗が無理でも半年ほどは都で遊んでいたい。だから、大志を抱いて都へ上るという意気込みではない。そこに隙が出来たのだろうか。その老人が、そこに差し込んできた。
 きっと懐の金銭を狙っているはずだと、若者はすぐに感知し、適当にあしらおうとしていたが、話が面白い。都の話の中でも山門に住み着いた蜘蛛の化け物を退治する話など。
 また、都近くの百姓が、助けた娘が高貴な家の人で、その後、その家来になったとかも。
 さらに妖怪退治の話は多くあり、老人は次から次へと話してくれた。
 どの機会を狙って、金銭の話になるのかと心配していたが、ただただ話すだけで、動いているのは口だけ。何かに付け込んで、何かをすると言うことではなさそうだ。
 老人は声が枯れてきたのか、今日はこれぐらいで、といいながら、立ち去った。
 金銭は無事。
 ただの話し好きの年寄りだったようだ。
 
   了


2023年6月6日

 

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