あるイベント
川崎ゆきお
「若い娘?」 「はい」 「もう決まったのか?」 「会長が決められたことですので」 「あまり口を挟まない人なのにね」 「それほど悪い選択ではないと思いますが、実績がありません」 「我々を通さないで、決められるのは、どうかと思うが」 「社長はああいう人ですから、全く仕事は出来ません。やはり会長でないと。その会長が決められたことなので、決定かと思われます」 「会長自ら、そんな細かい仕事をしなくてもいいのにねえ。社長は判を押せばいいんだよ。我々を信用してね。といっても社長は仕事のことは分からないからね。実際にこの会社を動かしているのは我々幹部だよ。それで実績を上げてきたわけだし」 「会長が決められたことなので、口を挟むのは……」 「反対しているわけじゃないよ。ただね」 「ただ?」 「若い女性だというのがね……」 「そうですねえ。今までとは違いますねえ」 「会長は何歳だっけ?」 「去年八十を越えられたはずです」 「で、どこで成立したの? この話」 「会長が散歩中、立ち寄ったギャラリーで」 「その若い女性が個展でもやっていたんだね」 「はい」 「これは仕事ではないな」 「はあっ?」 「趣味だよ」 「私も作品を見せてもらいましたが、問題はないレベルです」 「会長がやる仕事じゃないという意味だよ」 「では?」 「君はその女性に会ったかね」 「はい、細かい打ち合わせがありますから、当然」 「美人だったろ」 「可愛いタイプでした」 「そういうことは、これまでやらなかった人だがね」 「お元気で、何よりかと」 「八十だろ」 「では、白紙に戻すよう……」 「いや、会長には逆らえんよ」 「では、この件は進めていきます」 「もし仮に……」 「はい」 「若い女性ではなく……」 「はあっ?」 「この話はなかっただろうね」 「作品が良かったのでは」 「君はそう思うかね。その作品を見たかね」 「はい」 「問題がない程度のレベルだろ。とびっきり凄いとかではないだろ」 「作品は主観的な面もありますから、会長が非常に気に入ったのかも」 「気に入ったのは、それじゃないだろ」 「はあっ?」 「分かっているくせに、君も」 「ですが、彼女の作品でも問題はないかと思われます」 「だから、その程度の作品レベルだということだ。会長が独断で決めるようなものじゃない。また、本当に素晴らしいものなら、我々に出向かせるのが筋道だ。会長が気に入ったものなら、我々も従う。しかし、いきなりはよくない」 「まずいですよ。会長批判は」 「あからさますぎるから言ってるんだ。これは仕事じゃない」 「そういえば、会長のことを爺ちゃんと彼女は呼んでました。個展に来た物好きな老人だと思っていたらしいです」 「会長のことを爺ちゃんか。ちゃんか。うーん」 「新人発掘ということで、よろしいかと」 「何を発掘するのか……会長は」 「打ち合わせは本社ビルで私達がやるのですが、会長の別宅でやりたいと……」 「これで、決まりだな」 「やはり、問題なのですね」 「誰が見ても、聞いてもピンとくるでしょ」 「はい」 「もしだよ」 「はい」 「もし、その個展をやっていた人物が、中年男だったとすれば」 「すれば」 「そう、すれば、依頼するかね」 「しないと思います」 「だろ」 「はい」 「交際費ということで、落とそう」 「あ、これはイベント用の……」 「会長ご自身のイベントだよ」 了 2005年1月4日 |