小説 川崎サイト

 

山賊の領土

 

 吉田領の山中に盗賊の住処がある。近在の村を襲ったり、行商や荷駄を襲ったりする。山賊だ。
 通報があれば吉田から兵が出るが、その頃には山中のアジトに逃げ込んでいる。砦のようになっており、簡単には攻められない。
 吉田兵も、そこで諦める。兵が少ないし、持久戦になるので。それに近隣とのいくさもあり、山賊に構ってられない。
 ある日、吉田城下から老人がただ一騎で出てきた。それなりの重臣なので、不用心。しかし、領内に敵はいないので、その心配はないが、刺客がいるかもしれない。しかし、その老人、それほど重要人物ではないとみなされているので、狙う敵もいないだろう。
 その老人、城下を抜け、例の山賊の住処へ向かった。
 一人なので、山賊も安心し、また老人の後方に兵がいるのではないかと探したが、本当に一人のようだ。
 山賊は木戸を開け、中に通した。背も低く痩せた老人で、強くなさそうなので。
 つまり、話し合いに来たのだ。それは見れば分かる。
 近在の数ヶ村によく出没するので、それをやめてくれないか。その代わり、ここから一番近い村を与えると。
 しかし、山賊は数十人だが、多いときは百を超える。
 どれぐらいの数がいるのかと老人が訊くと五百ほどは集められるらしい。老人は三百ほどだろうと計算した。
 しかし、方々に散っているので、一時にそれだけの数にはならない。普段は数十人。一ヶ村与えれば盗賊などしなくても、その年貢で食べていけるだろう。
 それなら村に居を構えられるので、山中のアジトで隠れ住むこともない。領主なのだ。
 ただ一ヶ村の領主。その代わり、一応吉田の家臣に形だけは取って欲しいと老人は頼む。
 山賊は罠ではないかと疑ったので、老人はその村の長を連れてやってきた。その村は吉田の直轄地。吉田領が減ることになる。
 さて、いくさは続いている。吉田の兵は少ないので、そこが弱点。
 老人はあと三百の兵があれば、均衡が保たれると読んでいた。その三百を雇う金はない。だから、あの山賊に一ヶ村を与えて家来にしたのだ。
 五百は集められると山賊は言ったものの、それは多い目に言っただけ。しかし三百なら、何とかなる。三百来てもらっても村にはそれだけの余裕がない。そこで老人は兵糧を用意すると約束した。
 しかし、その山賊は山賊仲間では小物の方なので、三百人を動かすのは難しい。報酬は飯が食べられるだけ。見返りが少なすぎる。
 そこで老人は足軽の防具などを貸すので、それを着て、戦陣に加わってくれるだけで良く、戦う必要はなく、一日でいいと約束した。
 この痩せこけた老人、そんな小細工が好きなようだ。失敗しても、山賊騒ぎはなくなるはず。
 そして、実際に山賊達は揃いの足軽姿で参陣したので兵が膨らんだ。意外と吉田の兵は多いではないかと。
 これを敵に見せただけで、敵は引いた。
 その後、山賊は、与えられた村に数十人の仲間と棲み着き、田畑を開墾したりと、結構村造りに励んだ。そういう自分の土地が欲しかったのだろう。
 
   了


 


2023年6月29日

 

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