小説 川崎サイト

 

面顔

川崎ゆきお



「おや、今日は元気そうだね」
「そうですか」
「何かいいことでもあったのかね」
「はい、少し」
「それはよかったねえ」
「あのう、どうしてそれが分かるのですか」
「何が?」
「元気そうとか」
「顔に出てるよ」
「顔?」
「表情だよ」
「はあ?」
「穏やかそうな顔だからね」
「いつもは僕、違うのですか?」
「そうだよ。難しそうな顔をしてる」
「どの箇所でしょう?」
「眉間の皺が浅くて、唇が上を向いてる」
「はあ、そうなんですか。唇が上ですか?」
「上じゃないけど、一文字だ。いつも君はへの字型だからね」
「じゃあ、僕はいつも不機嫌な顔なんでしょうか」
「そういう表情が多いね」
「機嫌は悪くないんですよ」
「良くもないんだろ」
「仕事ですからね。顔付きが真剣なだけで、不機嫌じゃないです」
「でも、顔に出るから、君は分かりやすいよ」
「ポーカーフェース、できないだけですよ」
「それで、どんないいことがあったの?」
「それは、ちょっとプライベートなので」
「そうだね、聞かないけど、いいことがあると表情も戻ってる。それが君の標準顔なんだろうね、きっと」
「そうかもしれません。自分の表情、自分では見えませんから」
「課長はあまり表情は変わりませんねえ」
「ああ、これは作為的に押さえているんだ」
「いつも同じ表情です」
「変化はしてるさ。でもね、かなり押さえている。過剰に変えないんだ」
「そんなコントロールができるんですね」
「そう心掛けているだけだ」
「僕には課長の表情が読み取れません」
「面顔なんだよ」
「お面ですか?」
「そのほうがニュートラルでしょ」
「ニュートラル」
「どこにも入っていないんだ」
「え、何がですか」
「どの表情にも入れないんだ」
「僕もやってみます。面顔を」
「駄目駄目、表現力を殺す方が難しいから」
「参考にします」
 
   了

 


2007年12月10日

小説 川崎サイト