小説 川崎サイト

 

魔夏

 

「暑い日は気を付けなされ、この時期、魔夏と言いましてな。夏の魔物が出ます。くれぐれもお気を付けて」
「それは何処に出るのですか」
「何処にでも出ますが、その人次第」
「決まった場所じゃないのですね」
「多くの人がある特定の場所で見ることがあります。人それぞれと言っても、似たようなものなのでしょう」
「魔物が見えるのですか」
「見えるタイプもありますし、見えないタイプもあります。また場所とは関係なく、魔物に付きまとわれたりします」
「何ですか。その魔物とは」
「具体的な形や姿はないかもしれません。あるものもあります。それも人次第」
「人次第とは」
「本人次第」
「その人にだけ当てはまるのですか」
「一人ひと魔夏。ひと魔物です」
「冬にもありますか」
「あります。魔冬です」
「秋や春は」
「ありません」
「どうしてですか」
「春の先は夏。秋の先は冬。夏の先は秋ではなく、夏のその向こうにまだ夏があります。冬もそうです。秋へ流れないで、夏の先へ行くと、そこは魔境。暦にはない季節。滅多にそこに入り込むことはありません」
「夏の先は何処なのですか」
「夏です」
「じゃ、もっと暑くなるのですか」
「そうです」
「魔冬もそうですか。さらに温度が下がり」
「ただし、魔夏も魔冬もこの世のことではありません」
「でも入り込むことがあるのですね」
「そう感じるだけですが」
「じゃ、焼け死なないし、凍死しない」
「します」
「怖いですねえ。地獄のようです」
「生きた人が入ってはいけない世界です」
「でも夏場は魔夏を見るのでしょ」
「ほんの入口だけ、その先はもっと続いていますが、流石に引き返す。だから果てがない」
「まさに魔境ですねえ」
「まっ、今日はこれぐらいにしておきましょう」
 
   了


 


2023年7月9日

 

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